2018年6月18日月曜日

心の持ち方

まぁ、こういう人もいるだ、

あぁ、ああいう人もいるんだ、


まぁ、そういう事なんだ、

あぁ、こういう事なんだ、


押忍 石黒康之

幸せの青い鳥は誰にでも必ず、自分の心の中にいる。

【青い鳥はここにおる】



第68代内閣総理大臣、大平正芳氏の心に響く言葉より…


大平総理の誕生以前、総理候補として、山口淑子さんがインタビューした記事が残っている。

そのなかで、自身の考え方について、こう述べている。


「考え方としては、"現在を大切にしよう"ということですね。

永遠の現在というか、エターナル・ナウというのか。

つまり青い鳥が山の彼方におるなんていうのは幻想だと思うんですよ。

青い鳥はここにおる。

いい政治はここにある、今ある。

今以外は、われわれの世界にはないんだから、今日一日を大切にする。

アンドレ・モーロアの晩年の随筆に『あなたの天国』というものがあるけど、その中でモーロアは、

『自分が天国へチケットを持って入ったら、何をするだろうか。やっぱり自分は妻に会いたい、子どもに会いたい、友達に会いたい。話をしたい、原稿が書きたい。そう考えてみると、全部、現在自分がやっていることじゃないか。今やっていることが天国であり、今が天国だ』

こういうことなんですよ」


『君に100の成功を贈る』経済界





禅では、「今ここ」という。

英語では「Here and Now(ヒヤ&ナウ)」だ。


中村天風師はそれを、「さしあたる事柄のみをただ思え、過去は及ばず、未来は知られず」と言った。

過ぎ去った過去を悔んでも変えられないし、未来のことを憂いたり心配しても誰も先のことはわからない。

即今という、今ここしかないのだから、と。


多くの人は、どこかに青い鳥がいるだろうと、探し回ってしまう。

そして、一攫(いっかく)千金を狙ったり、努力せずして運をつかむような僥倖(ぎょうこう)を望む。

今の人間関係の中に、今の仕事の中に、そして今の生活の中に、幸せが隠れているのに気づかない。


「青い鳥はここにおる」という言葉をかみしめたい。



■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
http://www.facebook.com/hitonokokoro

■【人の心に灯をともす】のブログはこちら
http://ameblo.jp/hiroo117/
 

シェアさせて頂きました。


押忍!

人生100年時代到来

【ハーフタイム力】


明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


100歳まで生きることが、夢物語ではなくなってきました。

厚生労働省が発表した2017年の調査では、日本において100歳以上の方はいまや6万人強。

国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年には100歳以上の方が53万2000人に上ると予測されています。


「人生100年時代」という言葉が広まるきっかけにもなった『ライフ・シフト100年時代の人生戦略』によれば、「今20歳の人は100歳以上、40歳以上の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半分以上ある」といいます。

人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。

なかでも日本はその先頭を走っています。

お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。


働き方にもパラダイム変化が生じています。

60~65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30~40年ほどもあります。

「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。

60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」と言うには長すぎます。

本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマということを考え直さざるを得なくなったのです。


スポーツ好きな私は、サッカーの試合は欧州リーグもチェックしています。

強豪チームの強さの秘訣、いい監督の力量がどこで出るかというと、ハーフタイムでの戦略の立て直し方です。

前半の戦いぶりを見て、いいところ、よくないところを冷静に分析し、後半の戦い方を考え直す。

調整力に長けた監督は、ハーフタイムに選手に的確な指示を与え、効果的な選手交代を行います。

前半が絶好調だったからといって、後半もそのままの勢いでいけるかというと、なかなかそうはいきません。

ちょっとしたことで一気に流れが変わることもあります。

前半とは打って変わった健闘ぶりを見せて、大逆転が起こることもあります。


最後に笑顔になれるのは、「ハーフタイム力」のしっかりしているチームです。

50歳という人生の折り返し地点で自分を見つめ直し、軌道修正することは、ハーフタイムで戦略の立て直しをすることと似ています。

ここまでの人生が、けっこう順風満帆に推移してきたという人も、うまくいかないことばかりだったという人も、終わった前半戦にこだわるのではなく、これから立ち向かう後半戦に向けて、気持ちを切り替える。

人生のハーフタイムでリセットしましょう。


リセットといっても、すべてを一新してゼロから新たな生き方を始めるわけではなく、これまでの自分の経験、実績、志向性などの蓄積のもとに、今後をどう生きるかを考え直すのです。

若いころに比べると、エネルギー値も若干落ちてきて、減速期に入っていることは否めないでしょうが、その分、この年齢になったからこその柔軟な対応力や深い思考力が備わっています。


『人生後半の幸福論』光文社新書




齋藤孝氏は、本書の中でこう語る。

『エネルギーを注ぐ対象を見つけ、心の張りを得るために、「趣味を持とう」「好きなことをやろう」とよくいわれます。

もちろん好きなこと、趣味があることは熱心にできますが、ものすごく好きなことでなくても、自分がそれをやることに「意義」が見出せて、心が動けばいいのではないでしょうか。

仕事というのはだいたいそういうものです。

やりたかったこと、好きなことを仕事にしていなくても、結果を出したいと思って全力で打ち込んでいると、それが張り合いとなり、内側からの充実感につながっていきます。

「好きなことかどうか」よりも、それをやることに「自分の心が動くかどうか」「積極的に関わっていけるかどうか」のほうが大きなポイントではないかと私は思います。

何かに対して、「やらなければいけないからやる」というしぶしぶのスタンスではなく、「自分がやらなきゃ、誰がやる」くらいの気持ちで主体的になる。

それが、内側から湧き出るエネルギーを枯渇させない秘訣といえましょう』


「好きなことを仕事にしなさい」、とはよく言われることだ。

だが、「そんなに好きでもないけど一所懸命やっている」という人も多くいる。

仕事も趣味もそうだが、好きか嫌いかということも大事だが、「長く続くかどうか」という基準も大切だ。


教育者の東井義雄先生に、「ほんものは続く、続けるとほんものになる」という言葉がある。

嫌いじゃないからこそ、長く続けられるし、長く続くということが、好きなことであり、また、 本物であるということの証明になる。


ハーフタイム力を身につけ、しっかりと人生の後半戦に備えたい。



■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
http://www.facebook.com/hitonokokoro

■【人の心に灯をともす】のブログはこちら
http://ameblo.jp/hiroo117/


シェアさせて頂きました。


押忍!

いま ここ

ゴミ・アカ・よごれというものは
今きれいにしたと思っているのに
もうちゃんとできている
油断のならないものだ

ゴミ・アカ・よごれというものは
心の中にもある
全く全く油断がならない

     『東井義雄 一日一言』


致知出版社様メルマガよりシェアさせて頂きました。


押忍!

今日の言葉 稽古

あなたが緊張していると、
相手の方もあなたの顔を見て怖がります。

あなたが優しく微笑むと、
相手の方の心も和みます。
━━━━━━━━━━━━━━
マザーテレサ
月刊『致知』より

拳立て二十四回です。

本日、私は予定通りに浜松半田道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

嫌な人

たとえば、人から頭にくるひと言を浴びせられた時、

「どうして自分がこんなことを言われなければいけないんだ」

「信じられない」「なんだこの人は」「許せない」

のような思いがあると、怒りや悲しみが強くなり、

自分をコントロールするのが難しくなってしまいます。

そんな時「こんな人もいる」と考えることが、

自分を取り戻す第一歩になります。

ふだんは悪い人ではない場合には

「(この人にも)こういうことはある」と考えればいいでしょう。

「なんだ、この人は」と思うのと、

「こんな人もいる」と思うのとでは、感じ方がすいぶん違います。

そういう人に対してどう接したらいいかも考えやすくなります。

世の中にはいろんな人がいます。

無礼な人も無神経な人も意地悪な人もたくさんいます。

すべての人がやさしくて思いやりがあるということは、残念ながらありません。

「世の中にはイヤな人もいる」というのは事実なのです。

「許せない」という気持ちはよくわかります。

許す必要はありません。

でも「こういう人もいる」という事実、現実にさからってもしかたありません。

それを受け入れることは、自分のためのなのです。

~~~

出典

[くよくよしない考え方]

本多 時生 著

文芸社より

・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・

相手を変えようとすることよりも

『自分の考え方、捉え方を変えること』

ですね☆


相田公弘さんFacebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

ひび割れ壺

「しつけの三原則」というお話です。

_______

「しつけの三原則」

一、朝、必ず親に挨拶する子にすること。

一、親に呼ばれたら必ず、「ハイ」とハッキリ返事のできる子にすること。

一、ハキモノを脱いだら、必ずそろえ、席を立ったら必ずイスを入れる子にすること。

「躾のコツ」

躾の仕方のこつはと申しますと、それにはまず母親自身が、ご主人に対して朝のあいさつをはっきりするようにし、またご主人から呼ばれたら必ず「ハイ」とはっきりした返事をするように努力するのです。

そうしますと、子どももいつしかそれをまねてやりだしますから、そうしたら必ずほめてやるのです。

これがまた大事な秘訣です。

そしてこれを一か月も続けますと、家中がすっかり変わってくるから不思議です。

「ホメる」

接する子どもの長所や美点を発見することの名人になること。

叱ることよりホメることに重点をおき、九つホメて一つ叱るぐらいでもなおホメ方が足りないということを心に銘記すべきだと思います。


森信三 運命を創る100の金言
藤尾秀昭 監修
致知出版社
_______


ニュージーランドの子育て支援施設に伝わる詩(詩人、伊藤比呂美さんによる日本語訳)というものがあります。

___

今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが 床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ

___

躾も、家事も、子育ても、共働きだったら仕事もあって、本当に目まぐるしく忙しい日々だと想像できます。

以前、「読書のすすめ」清水店長に教わった【ひび割れ壺】というお話があります。

___

インドのある水汲み人足は2つの壺を持っていました。

天秤棒の両端にそれぞれの壺を下げ、彼は水を運びます。

片方の壺には、ひびが入っていました。

完璧な壺が小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに対し、ひび割れ壺はいっぱいまで水を汲んでもらっても家に着く頃には半分になってしまいます。

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。

なぜなら、彼は本来の目的を常に達成することができたからです。

ひび割れ壺は、いつも自分を恥じていました。

なぜなら、彼はいつも半分しか達成することができなかったからです。

二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日川のほとりで水汲み人足に話しかけました。

「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている」

「なぜそんな風に思うの?何を恥じているの?」水汲み人足は言いました。

「この二年間、私はあなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。

水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしてもその努力が報われることがない。

私はそれが辛いんだ」壺は言いました。

水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。

「これからご主人様の家に帰る途中、道ばたに咲いているきれいな花を見てごらん」

てんびん棒にぶら下げられて丘を登って行く時、ひび割れ壺は、お日様に照らされ美しく咲き誇る道ばたの花に気づきました。

花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着く頃にはまた水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。

「道ばたの花に気づいたかい?花が、君の通る側にしか咲いていないのに気づいたかい?

僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。

そして君は毎日、僕たちが小川から帰る時に水をまいてくれた。

この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。

君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しい花で家を飾ることはできなかったんだよ」

(作者不明 菅原裕子訳)
___

私たちはみんな、ユニークなひび割れを持っています。

子どもたちにもひび割れはあります。

お父さん、お母さんにもひび割れはあります。

子どものひび割れを見つけたとき、私たち親がしてあげられること。

それは、ひび割れを責めることではありません。

ひび割れをふさぐことでもありません。

ひび割れから水がこぼれ落ちるその場所に、そっと花の種をまいてあげることではないでしょうか。

※魂が震える話より


相田公弘さんFacebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

2018年6月17日日曜日

夏季昇級審査会

本日午前中、
極真 浜松西伊場道場にて西遠支部の夏季昇級審査会を行いました。


お疲れ様でした、ありがとうございました。


心より感謝申し上げます。



押忍(^^)

嫌われる勇気を持つ

対人関係を潤滑にするには
人と比べたり、
競争したりするのではなく、
ほかの人を仲間だと考え、
協力することが大切ですが、
自分の生き方をつらぬくためには、
他人の評価を気にかけないことも必要。
つまり、
自分らしく自由に生きることは
ほかの人から嫌われる勇気を持つことです。
善意による行動でも嫌われることが多々あります。
善意であれば気にしないことです。
いつの日かあなたの善意が理解されます。
釈尊は法句経の中で「世に非難されない者はいない。」
と説かれています。
気にしなことが大切ですね。
タイ語ではマイペンライと言います。(^-^)

.
「沈黙している者も非難され、
多く語る者も非難され、
すこしく語る者も非難される。
世に非難されない者はいない。

-ダンマパダ17章227より-


Facebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

無財の七施

「喜びの種をまく」

仏法に「無財の七施」という教えがある。
財産が無くても誰でも七つの施しができる、
喜びの種をまくことができるという教えである。

財産が無くて、どうして施しができるのか。何を施せるのか。
 

 『雑宝藏経』は「仏説きたもうに七種施あり。財物を損せずして大果報を得ん」
として、七つの方法を示している。
 

 一は「眼施」──やさしいまなざし。
 二は「和顔悦色施」──慈愛に溢れた笑顔で人に接する。
 三は「言辞施」──あたたかい言葉。
 四は「身施」──自分の身体を使って人のために奉仕する。
 五は「心施」──思いやりの心を持つ。
 六は「床坐施」──自分の席を譲る。
 七は「房舎施」──宿を貸す。

大きなことでなくともいい。
人は日常のささやかな行いによって喜びの種をまき、花を咲かせることができると釈迦は教えている。
自らのあり方を調えよ、という教えでもあろう。
 

「無財の施」の教えで思い出すことがある。
生涯を小中学生の教育に捧げた東井義雄先生からうかがった話である。
 

ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。
種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。
その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。
からかい半分で選ばれたのである。

だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、
水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。
その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、野次った。
 

その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。校長先生である。

校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで、
「頑張れ」「頑張れ」と声援を送った。
その姿にいつしか、生徒たちも粛然となった。
 

こういう話もある。
 
 
そのおばあさんは寝たきりで、すべて人の手を借りる暮らしだった。
そんな自分が不甲斐ないのか、世話を受けながらいつも不機嫌だった。

ある時一人のお坊さんから「無財の七施」の話を聞いたが、
「でも、私はこんな体で人に与えられるものなんかない」と言った。

お坊さんは言った。

「あなたにも与えられるものがある。
人にしてもらったら、手を合わせて、
ありがとうと言えばよい。
言われた人はきっと喜ぶ。

感謝のひと言で喜びの種をまくことができる」。
 

おばあさんは涙を流して喜んだという。
 

「喜べば喜びが、
喜びながら喜び事を集めて喜びに来る。
悲しめば悲しみが、
悲しみながら悲しみ事を集めて悲しみに来る」
 

──若い頃、ある覚者から教わった言葉である。
喜びの種をまく人生を送りたいものである。
 

最後に、東井先生からいただいた詩を紹介したい。

《雨の日には 雨の日の/悲しみの日には悲しみをとおさないと見えてこない/
 喜びにであわせてもらおう/そして/喜びの種をまこう/喜びの花を咲かせよう/
 ご縁のあるところ いっぱいに……》
 
 
 
(『致知』2007年12月号 総リード)


シェアさせて頂きました。


押忍!

2018年6月16日土曜日

極真空手 浜松西伊場 浜松半田 武道空手道場

本日の極真 浜松西伊場 浜松半田 各道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

他人の悪口を言わない

まわりの悪口ばかり言っているひとは
きっと、まわりからも悪く言われてる。

まわりをバカにしているひとは
きっと、まわりからもバカにされてる。

まわりに笑顔をふりまいているひとは
きっと、笑顔が集まってくる。

まわりに日々感謝をしているひとは
きっと、まわりからも感謝される。

まわりを尊敬しているひとは
きっと、まわりからも尊敬される。

ぜーんぶ、自分にかえってくる。
人は鏡、自分の鏡。



Facebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

父親参観会

本日午前中、
愚息、蓮潤さんの幼稚園参観会に出席させて頂きました。

最高の癒しをありがとうございました!(^^)


押忍(^^)

魂とは何か?

『魂とは何か』

 

近年の心理学が明らかにしているように
人間の意識は重層的な構造をしています。

 

私達が自覚している心の働きは、意識(顕在意識、潜在意識、神意識)という
広大な存在から見ると極めて限定された一部に過ぎません。

 

意識的な心の奥を探っていくと、その底には何層もの潜在意識が広がっています。

 

そして潜在意識の最も奥に秘められているのが、『魂』なのです。

 
自我形成の根源はこの『魂(=真我)』にあります。

『魂』とは、曖昧な想像上の概念ではないのです。 

 

人間の行動原理を律し支配する心的エネルギーは、
宇宙エネルギーつまり『魂(=意識)』の働きに他なりません。

 

深層心理学が誕生する遙か昔から、人々は『魂』の存在を感じ取っていました。

 

人間という存在は、肉体だけで成り立っているのではなく
生命の本質として『魂』が在り、心と肉体が『魂』に結びついているのです。

 

科学が進み、目に見える世界だけを研究対象とするようになり、
人間も物理的身体としてしか認めず、それ以上の存在を認めないという方向に進んで来てしまったのです。

 
より高次な実態である『魂』の存在は否定され、公の場で語られることもなくなってしまいました。

 

人は『魂』を通して、創造主である神と繋がることも出来るのに、日常生活ではそのことはすっかり忘れ去られています。

 

普段は人生の物質的な側面にしか目が行かない人が殆どなのではないでしょうか。

 

相手を『魂』として尊重するのではなく、「もの」としか見ないために、道徳も社会のルールも失われ、いじめや陰惨な殺人事件が起きているのでしょう。

 

20世紀は物質主義が行きつく所まで行き着き、混乱を極め、
21世紀に入るとその反省から精神的な世界に目覚める人々が増えてきました。

 

元 七田チャイルドアカデミ-名誉校長
教育学博士
七田 眞 著「魂の人生学」より


シェアさせて頂きました。


押忍!

七田チャイルドアカデミー

『魂とは何か』

 

近年の心理学が明らかにしているように
人間の意識は重層的な構造をしています。

 

私達が自覚している心の働きは、意識(顕在意識、潜在意識、神意識)という
広大な存在から見ると極めて限定された一部に過ぎません。

 

意識的な心の奥を探っていくと、その底には何層もの潜在意識が広がっています。

 

そして潜在意識の最も奥に秘められているのが、『魂』なのです。

 
自我形成の根源はこの『魂(=真我)』にあります。

『魂』とは、曖昧な想像上の概念ではないのです。 

 

人間の行動原理を律し支配する心的エネルギーは、
宇宙エネルギーつまり『魂(=意識)』の働きに他なりません。

 

深層心理学が誕生する遙か昔から、人々は『魂』の存在を感じ取っていました。

 

人間という存在は、肉体だけで成り立っているのではなく
生命の本質として『魂』が在り、心と肉体が『魂』に結びついているのです。

 

科学が進み、目に見える世界だけを研究対象とするようになり、
人間も物理的身体としてしか認めず、それ以上の存在を認めないという方向に進んで来てしまったのです。

 
より高次な実態である『魂』の存在は否定され、公の場で語られることもなくなってしまいました。

 

人は『魂』を通して、創造主である神と繋がることも出来るのに、日常生活ではそのことはすっかり忘れ去られています。

 

普段は人生の物質的な側面にしか目が行かない人が殆どなのではないでしょうか。

 

相手を『魂』として尊重するのではなく、「もの」としか見ないために、道徳も社会のルールも失われ、いじめや陰惨な殺人事件が起きているのでしょう。

 

20世紀は物質主義が行きつく所まで行き着き、混乱を極め、
21世紀に入るとその反省から精神的な世界に目覚める人々が増えてきました。

 

元 七田チャイルドアカデミ-名誉校長
教育学博士
七田 眞 著「魂の人生学」より


シェアさせて頂きました。


押忍!

修己知人

「自己自身を修めるには、

あまり効果を期待せず、

静々と人知れずやられるといい。

それをずっと続けていくと、

風格というものができてくる」

伊與田覺先生



押忍!

修己知人

「自己自身を修めるには、

あまり効果を期待せず、

静々と人知れずやられるといい。

それをずっと続けていくと、

風格というものができてくる」

伊與田覺



押忍!

学問の4つの段階



学問には4つの段階があるといいます。

「蔵学」(ぞうがく)
「修学」(しゅうがく)
「息学」(そくがく)
「遊学」(ゆうがく)

「蔵学」―というのは、ひたすら、取り入れ、蓄積する段階です。

「修学」―も同じような意味ですが、
「修」には背中を流して美しくするという意味がありますから、
蔵した学びを整理し直すという意味があるようです。

その2つの段階を過ぎると、
学ぶことが呼吸をするのと同じように自然なものとなり(息学)、
そして、さらには学びが自己と一体となる。
「遊学」です。

「遊」というのは、自在の境地ということでしょう。

ちなみに、「遊」は楽よりも上の境地です。

「楽」はまだ相対の世界です。

苦があって楽がある。

しかし、「遊」は相対するものがない、絶対の世界です。

若い頃、この言葉を知り、願わくば
そこの境地に達してみたいものだと思いましたが、
この人の学問はまさに息学・遊学の段階に
達しているのではないかと、刮目させられた人がいます。

伊與田覺先生です。

伊與田先生は当年93歳。

7歳の時から論語の素読を始めたといいます。

お母さんがなくなり、あまり悲しむので、
叔父さんが『論語』の素読を教えたところ、
それに夢中になったというのです。

天与の才というべきでしょう。


青年期には碩学安岡正篤先生に出会い、
以後安岡先生が亡くなられるまで、約半世紀、
安岡先生に深く師事してこられた方です。

伊與田先生の講義は、3時間休憩もなく、
粛々と話されるその講義に全国各地から
集まってこられた中小企業の経営者の皆さんが
まんじりともせず、熱心に耳を傾けている様は
まさに圧巻でした。

真の活学は人の相をかえ、運命を変える。

90歳を超えた伊與田先生が背すじをビシッと伸ばし、
いかにも楽しげに古典の教えを
講義されている姿をみるたびに、
私はその思いを深くします。

古典を知識としてではなく、自己修練の糧として、
80余年、学び続けてこられたからこそ、
先生の話は、これまで古典などに
あまり関心のなかった人たちの心をも、
深く魅するものがあるのだと思います。

伊與田先生の学がいかに深く体に溶け込んでおられるか。

それは先生の1年間に及ぶ『論語』講義をまとめた
『「人に長たる者」の人間学』(致知出版社刊)に明らかです。

この本を読むと、古典のおもしろさがわかります。

古典が好きになります。

少々高価な本ですが、人生の伴侶となる本です。

皆さんにもぜひ一読をおすすめします。

その伊與田先生が言われます。

「自己自身を修めるには、あまり効果を期待せず、
静々と人知れずやられるといい。
それをずっと続けていくと、風格というものができてくる」

93歳の先生の言葉だけに心に響きます。

静々と学び続け、息・遊学の域に達したいものです。


━━━━━━━━━━━━━━


『「人に長たる者」の人間学』

伊與田覺・著



致知出版社様メルマガよりシェアさせて頂きました。


押忍!

武士の原点

武士道(武道)の原点

「礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ」

礼儀やマナーを大切にすれば、多くの人間関係は解決する。


押忍! 石黒康之

礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ

【礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ】



レス・ギブリン氏の心に響く言葉より…


相手が成功者や有名人だからといって、その人の重要感を満たす必要はないと思ってはいけない。

はっきり言って、それは大間違いだ。


礼儀やマナーは、人々が自分の価値を感じ取りたいという普遍的な欲求にもとづいている。

つまり、礼儀やマナーは相手の重要性を認めていることを示す方法なのだ。


ある国の首相が訪米中に一閣僚との面会に訪れ、予定時刻から5分ほど待たされたとき、「彼とは別の機会に会えばいい」と言い残して立ち去り、外交面で大騒ぎになったことがある。

この首相はたった5分も待てないほど急いでいたのだろうか?

そんなことはあるまい。

その国と良好な関係を築くために数ヵ月にわたって外交努力を続けてきたのに、こんな「ささいなこと」で台無しになるということがありえるだろうか?

しかし、事態の収拾に莫大な労力を要したことから、それは十分にありえることだ。


もちろん、人はみな違う。

ライフスタイルや食生活、服装、趣味など、人によってすべて異なる。

しかし、すべての人に共通する願望がある。

すべての人は自分が重要な存在だと感じたがっているだけでなく、自分の重要性を他人に認めてほしいと思っているのだ。


私たちが求めているのは、自分の重要感を他人に満たしてもらうことである。

言い換えると、すべての人は自分の価値を確認するのを他人に手伝ってほしいのだ。

もし誰からもつまらない人物のように扱われたら、自分の価値を確認できなくなってしまう。

これこそが、「ささいなこと」が人間関係で非常に大きな意味を持つ理由である。


あなたは「たった5分待たされただけじゃないか」と反論するかもしれない。

しかし、たった5分、されど5分だ。

要は、その5分の待ち時間が何を意味していたかである。

待たされる側にしてみれば、相手が「この面会は形式的な行事だし、この人にはそんな価値がない」と考えていた証しなのだ。


ちなみに、人々が離婚理由に挙げていることを知れば、滑稽(こっけい)に思えるものがよくある。

「夫は一緒に外出すると、かわいい女性を目で追っている」

「夫は人前で私をからかって楽しんでいる」

「妻は私へのいやがらせとしてトーストをよくこがす」

「妻は私の食事より猫の餌を優先している」


どれもささいなことのように見えるが、「私はあなたを重要な存在だと思っていない」というメッセージを相手に送っていることになる。

その結果、ささいなように見えることが結婚生活の破綻につながるのだ。


「大爆発のきっかけは小さな花火」という格言を肝に銘じよう。

つまり、相手を軽んじるような言動が積もり積もって、とんでもない悲劇を招くおそれがあるということだ。


『人望が集まる人の考え方』ディスカヴァー




「挨拶をされなかった」、「返事をしなかった」、など、自分がないがしろにされたとか、無視された感じた時、人はプライドがひどく傷つけられ、そののち怒りが爆発したりする。

挨拶や返事など、普通に考えれば、ささいなことなのに…


かつて、日本の大臣が、東北の知事を訪問した際、「知事が先に部屋に居て、出迎えるのが筋だ」とひどく立腹して大きな問題となり、結局は、上から目線の言い方を世間から叩かれ、辞任せざるをえなくなったことがあった。

これも、大臣である自分の方が上なのに、なぜ、俺を待たせるのだ、大事にしないのだ、という偏狭(へんきょう)な怒りの爆発だ。

この日本の大臣の話はあまりに幼稚すぎて論外だが、誰であっても自己重要感を満たされたいと思っている。


「礼儀やマナーは相手の重要性を認めているということ」

礼儀やマナーを大切にすれば、多くの人間関係は解決する。



■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
http://www.facebook.com/hitonokokoro

■【人の心に灯をともす】のブログはこちら
http://ameblo.jp/hiroo117/



シェアさせて頂きました。


押忍!

今日の言葉 稽古

その時代、
その時代を一所懸命生きていればいつか何かの時に役に立つ。

私もまた悔やまれるような過去があったればこそ現在の私がある
━━━━━━━━━━━━━━
酒井雄哉(比叡山千日回峰行満行者)
月刊『致知』より

拳立て二十三回です。


本日、私は予定通りに浜松西伊場道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)



押忍 石黒康之

人との差を取って生きていく。(さとって生きていく。)

他人(ひと)と比べず、
自分と比べ、
昨日の吾よりちょっとはましに!

押忍! 石黒康之


☆☆☆
他人がどうであろうと、
自分さえちゃんとしていればいい。
するだけのことをすればいい。

     ―――武者小路実篤

他人と比べず、自分と比べ、昨日の吾よりちょっとはましに!

他人がどうであろうと、
自分さえちゃんとしていればいい。

するだけのことをすればいい。

     ―――武者小路実篤


押忍!

他人と比べず、自分と比べ、昨日の吾よりちょっとはましに!

他人がどうであろうと、
自分さえちゃんとしていればいい。

するだけのことをすればいい。

     ―――武者小路実篤


押忍!

2018年6月15日金曜日

極真空手 豊橋 武道空手道場

本日の極真 豊橋道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

今日の言葉 稽古

腹に一物あっては、いくら善を積んでも本当の徳は備わりません。

報いを求めずに積み上げていくものこそが、本当の徳に繋がる
━━━━━━━━━━━━━━
伊與田覚(論語普及会学監※掲載当時)
○月刊『致知』2011年11月号「人生は心一つの置きどころ」より

拳立て二十二回です。

本日、私は予定通りに豊橋道場、幼少年少女部、東三河支部追加審査会に入ります。
宜しくお願い致します(^^)



押忍 石黒康之

2018年6月14日木曜日

成績は破滅的で、発達障害…それでも母は息子を見守り続けた。30年後息子は偉大になってテレビに出演する。 – News4Wide

成績は破滅的で、発達障害…それでも母は息子を見守り続けた。30年後息子は偉大になってテレビに出演する。 – News4Wide

成績は破滅的で、発達障害…それでも母は息子を見守り続けた。30年後息子は偉大になってテレビに出演する。

皆さんが子供だった頃、クラスに1人か2人は少し変わった子がいませんでしたか?どことなくぶきっちょで、成績もイマイチなのに、なぜかある一つの物事にはずば抜けた集中力を発揮し、周囲を驚かせてしまうような、そんな子がいた記憶のある人は多いでしょう。 今回紹介するのは、新聞にも掲載された、周囲とちょっとだけズレていた少年の成長の物語です。

東京に生まれたまさゆき少年は、おとなしい性格の可愛らしい子供でした。他の多くの男の子たちと同じように、はたらく車や、妖怪に夢中でした。

そんなまさゆき少年が小学2年生になったときでした。クラスの他の男の子が何気なく描いていた落書きに、衝撃を受けます。うねうねした長い足に丸い頭。この生物は何だろう?そのあと図書室で調べた結果、その落書きはタコだと分かりました。食べたことはあるのに、こんな姿だったとは予想だにしていませんでした。本物を見てみたい…まさゆき少年の胸の高鳴りは止まりません。

Octopus

そんな息子の願いを聞いた母親は、ぶつ切りでない丸ごとのタコを買って来てあげます。その日からまさゆき少年はすっかりタコのとりこになってしまいます。図鑑や写真集などで朝から晩までタコの姿を探したり、夕食は毎日のようにタコをねだったり…そんな息子に、母は嫌な顔ひとつせず、1カ月近く味付けを変えてタコ料理を作ってあげました。

しかしそれだけではまさゆき少年の情熱は止められません。母親にお願いし、生きている本物のタコを水族館まで見に行きました。時には、閉館時までタコがタコつぼに隠れたまま姿を現さず、がっかりしたことも。しかしそんな時母親は、
「残念だったわね。でも、魚はほかにもいるのよ」と励まし、魚が描かれた下敷きを買ってくれました。まさゆき少年はそこに描かれた様々な魚を見て、さらに夢を膨らませました。どんどん魚にのめり込んで行くのです。

しかし当然、困ったことが起きました。魚のことで頭がいっぱいだったまさゆき少年の成績は破滅的だったのです。ついには母親が先生に呼び出されてしまう始末。先生が言うには、
「まさゆき君は魚の絵ばかり描いている。それもいいが、もっとちゃんと勉強をさせてほしい」
とのことでした。しかしそんな時も母親は、息子のことをかばいます。
「あの子はそれでいいんです」
誰もが同じようになる必要はない。他と違う子がいてもいいのだと、母親は信じていました。息子に夢中なことを大切にしてほしかったのです。

そのあとも母親は息子が絵を描けるように、多少値段が張っても魚をまるまる1匹買って来てあげたりと、息子を応援し続けました。その甲斐あってか、女の子に話しかけることは苦手でしたが、まさゆき少年の魚の知識とイラストのスキルは素晴らしい向上を見せます。

そうして高校生になったまさゆき少年に、転機が訪れます。
「魚通天才高校生」としてテレビに出演することになったのです…その番組は「TVチャンピオン」。あの一世を風靡した、特定の分野のプロフェッショナルたちがその技を競う番組です。なんと高校生のまさゆき少年は、大人たちを相手に5回連続優勝を飾るのです。この専門家以上の魚の知識を持つ少年に、世間が注目し始めた瞬間でした。

それからは破竹の勢いで活躍を始め、まさゆき少年は今や東京海洋大名誉博士・客員准教授に着任しています。それだけでなく、イラストレーター、そしてなんとタレントとしてのキャリアまで築いていきます。もう誰のことかお分かりですね。そう、お茶の間でもすっかりおなじみの、さかなクンです。今では、大好きだった魚の研究と絵を描くことがそのまま仕事になっているのです!

\いよいよ開幕!「Honda Kids Land」本日のイベント情報をお届け♪ /
13:00~はお茶の間で大人気のさかなクンによる「海の環境とおさかな教室」が行われます。おさかなや海についてのお話を親子で楽しく学べますよ~! ぜひ遊びに来てくださいね^^http://spr.ly/6016DjjFw 

— Honda 本田技研工業(株) (@HondaJP)

さかなクンのこだわり性は、今でもしっかりと生きています。さかなクンの母親は、車の中でも息子が、自分の名刺一枚一枚にサインをしているところを見たそうです。息子の健康が心配で、疲れているのだから寝たらどうかと言ったところ、さかなクンは「受け取った人には一生残るから、一枚でも雑に描いたらだめ」と答えました。母親はそんな息子の姿を誇りに思ったことでしょう。

まさゆき少年は、とても変わった少年でした。しかしもし母親が、息子に他の子と同じことをするように強要していたら、さかなクンは生まれなかったでしょう。実は世界の成功者の中にはこの特定の物事にだけ強いこだわりを示す気質を持った人物が多く、マイクロソフトの創始者ビル・ゲイツや映画監督のスティーブン・スピルバーグもその傾向を持っていると言われています。息子の性質を見抜き、温かく見守り続けたさかなクンの母親に、拍手を送りましょう。




浜松百選さん

昨年(2017年11月)、
地元浜松での老舗情報誌である「浜松百選」さんへ、
私石黒の生い立ち?を寄稿させて頂きました。


駄文であり、
誠に僭越ではありますがアップさせて頂きたいと思います。


お時間が許す時にでも目を通して頂けたら幸いです(^^)


いつもありがとうございます。


今後ともどうか宜しくお願い致します。


押忍(^^) 石黒康之

極真空手 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 蒲郡道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)