2018年10月23日火曜日

会話の誘い水

「料理人に会ったら料理のこと、運転手に会ったらクルマのこと、坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、
知ったかぶりせずに、素直な気持ちで聞いてみたらいい。

自慢話なんかしているより、ずっと世界が広がるし、何より場が楽しくなる。

たとえ知っていたとしても、一応ちゃんと聞くのだ。

そうすれば、専門家というものは、きっとこちらの知らないことまで話してくれる。

井戸を掘っても、
誘い水をしないと水が湧いてこないように、人との会話にも誘い水が必要なのだ。」

北野武


押忍
【感情の流れをいったん遮断するテクニック】



福井県霊泉寺住職、南直哉氏の心に響く言葉より…


人は、「他人の海」で生きなければならないのですから、ストレスや葛藤がないわけがありません。

感情に左右されないほうがいいと思っている人は多いかもしれませんが、感情が揺れたり乱れたりするのは当然です。

大事なのは、その波に巻き込まれたり、流されたりしないようにすることです。

つまり、感情が「心」という器からこぼれさえしなければいいのです。


「不動心」という言葉があります。

これは私に言わせれば、何があっても岩のように動かない心のことでも、まったく波立たない水面のように静かな心のことでもありません。

生きているうちは、そんな心を持つのは無理な話です。

喜怒哀楽がなければ、死んでいるのと同じですから。


私が考える不動心とは、揺れてもいいがこぼれない心のこと。

ヤジロベエのようにゆらゆら動いたとしても、軸は一点に定まっている心のことです。

ヤジロベエはどんなに大きく揺れても、決して台から落ちません。

見事なものです。


不測の事態に動揺したり、理不尽な目に遭って怒りがこみ上げたりしても、しなやかに揺れて、またスッと元に戻る。

言い換えればそれは、平均台の上をバランスをとりながら歩くような感覚に近いかもしれません。

自分が決めた道から外れなければいいのですから、その間でなら、揺れてもまったくかまわないわけです。


なぜ人が、感情に翻弄(ほんろう)されるかといえば、根本的に認識を誤っているからです。

感情の問題の十中八九は、ものの考え方と見方の問題です。

事態を正しく認識していれば、いったん感情が乱れてもそれに翻弄されることはありません。

感情の波に飲み込まれているときは、自分の中の何かが判断を誤らせています。

認識を誤らせるのは、自分の立場やプライドを守りたいという気持ちかもしれません。

あるいは、ひとつの観念に執着しているからかもしれません。

それをあらわにするには、いったんテクニカルに感情を止めればいいのです。

感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを知っていれば、ヤジロベエのように揺れても戻る不動心を培うことが可能なのです。


『禅僧が教える 心がラクになる生き方』アスコム



南氏は、本書の中で「感情の流れをいったん遮断するテクニック」についてこう書いてある。

『頭で渦巻いている感情や思考は、自分の意思で止めようと思って止まるものではありません。

感情や思考の動きを鎮静化させ、意識の方向を切り換えるためには、体のほうから感情をコントロールするテクニックが必要なのです。

僧侶としては、まず座禅をおすすめします。

ただ、日常生活の中で思考や感情をいったん遮断して、クールダウンする気軽なやり方もあります。

感情からいったん降りて、「平場(ひらば)」に戻す方法です。

たとえば、散歩する、昔の愛読書を読む、お茶をじっくり味わう。

食事をひとりで味わって食べる、肌の感覚に意識を向けながらお風呂に入る。

そういったことを行うと、思考や感情の揺れ静まります。

意外かもしれませんが、草むしりや雪かきなどの単純労働も役立ちます。

単純な肉体労働を繰り返すと感情の起伏が収まり、クールダウンしやすいのです』


『陽明学の教えの中に「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず」とある。

どんなに世の中が激しく移り変わろうとも、喜怒哀楽の四者を大事しておけば生きていけるということである。

陽明学は学問、政治すら喜怒哀楽が要(かなめ)であると言っている』(行徳哲男)


喜怒哀楽を表に出さないのが出来た人間であり、悟った人間だと思う人がいるが、それではただのロボットと変わない。

蘇東坡(そとうば)が言ったように、「仏もまた一個有血的男児」だからだ。

仏には、ふつふつとたぎるような熱情がある。

逆に言うなら、冷めている人間はサタンだからだ、と行徳師は言う。


感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを身につけたい。 



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押忍

読書

心を打たれるような 身に沁むような古人の書を
われを忘れて読み耽けるときに、
人間は生きるということは誰もが知る体験である。

それを積んでおると、
しだいに時間だの空間だのという制約を離れて
真に救われる。
いわゆる解脱(げだつ)をする。

そういう愛読書を持つことが、
またそういう思索・体験を持つことが
人間として一番幸福であって、
それを持つのと持たぬのとでは
人生の幸、不幸は懸絶(けんぜつ)してくる。

 『安岡正篤一日一言』より 


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押忍

今日の言葉 稽古 お知らせ

あなたが見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい
━━━━━━━━━━━━━━
ガンジー(インド独立の父)
月刊『致知』より
 
拳立て十二回です。
 
本日、私は予定通りに浜松大蒲道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)
 
11月3日(土・祝) 蒲郡道場 秋の無料体験会
11月4日(日) 浜松半田・浜松西伊場 秋の無料体験会
11月11日(日) 秋の支部合同稽古会
 
 
以上となります。
各行事の申込締切は基本的に各行事の1週間前までとなります。
(試合関係に関しましては締切が早まります。)
 
いつもお世話になりありがとうございます。(^^)
 
宜しくお願い致します(^^)
 
 
押忍!                                 石黒康之




極真空手 浜松半田 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 浜松半田道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

2018年10月22日月曜日

どんなにワインに詳しくても、ソムリエにワインのことを語ってはいけない。そんなことをしたら、ソムリエは何も大切なことを教えてくれなくなる。「このワインはどうして美味しいの?」と、聞くべきなのだ。

北野武


押忍

自利利他

【とにかく「与える」ことが大事】



内藤誼人氏の心に響く言葉より…



アドラーによると、人に好かれる人には、共通してみられる特徴がある。

それは、相手から何かを「とろう」とするのではなく、むしろ自分から相手に何かを「与えよう」とするのである。


知り合いの誕生日には贈り物をし、お中元、お歳暮も欠かさない人がいるとしよう。

旅行に出かければ、必ず、お土産を忘れない人がいるとしよう。

自分がアイスを食べたくなったときには、ついでに他の人のぶんまで買ってきてくれるような人がいるとしよう。

そういう人が、周囲の人たちに嫌われるということは、あまり想像できない。

なぜなら、彼は「与える」人だからだ。

私たちは「与えてくれる人」が大好きなのであって、そういう人とつきあいたいと思うものなのである。


ケチな人は、人とうまく交わることができない。

ケチな人は、自分から何かを与えようとはしない。

そんなことをすると、自分がソンをしてしまうことになり、ソンをすることは彼にとっては許せないことだからである。


オランダにあるユトレヒト大学のアーク・コンターは、相手に贈り物をする行為は、相手との感情的な結びつきを強める、と述べている。

コンターによると、特に「見返りのない贈物」が重要であって、そういう贈物をする人は、だれにでも好かれるらしい。


世界でナンバーワンの営業成績を出すような、伝説的な人たちの本を読むと、とても興味深い。

彼らは、他の営業マンに比べて、話術が巧みであるとか、説明上手であるとか、そういうことはない。

彼らは、ただ、他の人がやらないようなこと、たとえば、お客さまの誕生日に、必ずバースデーカードを出す、といった「与える」行為をしているのである。

たったハガキ一枚で、差をつけているだけなのだ。


田中角栄さんといえば、「人たらし」で有名であったが、特に難しいことをしたわけではない。

角栄さんは、結婚する人がいると聞けば、だれよりも早くご祝儀を出すとか、家族に亡くなった人がいると聞けば、律儀に花輪を出す、ということをしていただけである。


「私は、お金持ちではないので、そんなに贈物ができません」という人もいるだろうが、それは言い訳にすぎない。

別に高価なモノを贈りなさい、などといっているのではない。

ハガキでも手紙でもいい。

とにかく「与える」ことが重要なのであって、その金額は関係がないのだ。


『アドラー心理学あなたが愛される5つの理由』ぱる出版





「与える人」の反対は、「奪う人」。

奪う人は、ちょうだい、ちょうだいと何でも欲しがる人であり、人から、物だけでなく、時間や、情報や、エネルギーを奪う。

そして、もらってばかりいて、与えることをしない。

人にストレスを与え、不平不満を口にし、相手の気持ちを冷やし、がっかりさせる人。


与えるとは、物やお金だけでなく、「ほめること」「喜ばすこと」「元気」「夢」「癒(いや)し」「愛のある優しい言葉」「笑顔」等々。

人を喜ばせ、幸せにする人だ。

だから、まわりにどんどん人が集まる。


しかし、奪う人からは、仲間は逃げていく。

一緒にいても何のメリットもないからだ。


ケチくさいことをせず、惜しみなく「与える人」でありたい。



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押忍

遊戯三昧


『今、世の中では盛んに「イノベーションが必要だ」と叫ばれています。

では、どんな人からイノベーティブなアイデアは生まれてくるのでしょうか。

誤解を恐れずに言えば、それは「楽しんでいる人」であり、「遊び半分の人」であり、「無駄なことをしている人」です。』


それを表す言葉が老子にあるという。

『《有を以て利を為すは、無を以て用を為せばなり》

目先の利益で有用・無用を決めつけてはいけない。

今は無用に思えても、先々で必要になることもある。

何の役にも立っていないようでも、見えないところで大事な役割を果たしているものもある。

「無用の用」ということをよく考えなければいけない』


「遊戯三昧(ゆげざんまい)」という禅語が、「無門関」の第一則にある。

山田無文老師は真の「遊戯三昧」の境地をこう教えている。

「働くことがそのまま遊びなんです。人のためにすることがそのまま遊びなんです。苦しい目に逢うこともまたそのまま遊びなんです」


『人生最大の幸福は「職業の道楽化」にある』と言ったのは本田静六氏。

職業の芸術化であり、趣味化であり、ゲーム化であり、スポーツ化である。


東洋思想を更に深く学びたい。



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押忍

できないんじゃない、やらないのである。 やってやれないことはない、やらずにできるわけがない。

およそ人間というものは、できるかできないかは、
賭けてやってみなければ分かるものではないのです。

ですから、できるかできないかは、
一生の最期に至って初めて分かるわけです。

しかるにどうです。
未だ一歩も踏み出さないうちから、
「自分はとても駄目だ」などと言って
投げだすに至っては、実に意気地のない
限りではありませんか。

否、このような態度は、
自己に与えられたこの生命の尊さに
気づかない者の言葉であり、
それはある意味からは、
忘恩の徒とさえ言えるでしょう。

森信三


押忍

今日の言葉 稽古 お知らせ

いま目の前にある仕事、与えられた役割を一所懸命、必死に真摯に取り組んでいれば、
その姿は必ず誰かがどこかで見ていてくれる
━━━━━━━━━━━━━━
清原當博(ホテルオークラ東京相談役)
月刊『致知』より
 
拳立て十回です。
 
本日、私は予定通りに浜松半田道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)
 
11月3日(土・祝) 蒲郡道場 秋の無料体験会
11月4日(日) 浜松半田・浜松西伊場 秋の無料体験会
11月11日(日) 秋の支部合同稽古会
 
 
以上となります。
各行事の申込締切は基本的に各行事の1週間前までとなります。
(試合関係に関しましては締切が早まります。)
 
いつもお世話になりありがとうございます。(^^)
 
宜しくお願い致します(^^)
 
 
押忍!                                 石黒康之



表裏一体

目の前に1枚の紙があります。

あなたが紙の片面を
「こちらが表」と定義するとき
同時に「裏」が生まれます。

あなたが「生」まれたとき
同時に「死」が生まれました。

あなたが何かを
「美しい」と思ったとき
同時に「醜い」ものも
頭の中に生まれました。

もし世界に「男性」がいなければ
自分が「女性」だとはわからない。

「善-悪」「強-弱」「高-低」
「勝ち-負け」「出逢い-別れ」…

それらは別々のものではなく
すべてワンセットであり
互いに支えあっている。

凍える寒さを経験した人は
日差しの暖かさを知っていて

病気を経験した人は
健康への感謝を知っていて

飢えを経験した人は
一膳のご飯の美味しさを知っていて

孤独を経験した人は
絆の大切さを知っていて

絶望を経験した者は
希望のありがたみをよく知っている。

でも

自分の弱さを認められない人は
他人の弱さを受け入れることもできず

自分の弱さがわからなければ
自分の強さにも気づくことが
できないのです。

光が美しく輝くことを
支えているのは「闇」であり
光が存在できるのは
闇がそこに在るからです。

あなたの光の部分を引き出すために
まず闇の部分を受け入れよう。

これは、闇を好きになれ
という意味ではありません。

好きになるのと
存在を認めるのとでは
まったく違う。

長所(光)と短所(闇)
両方あるからこそ
この人なんだ

と認めてあげること。

自分のダメなところ
カッコ悪いところは
素直に認めればよいのだ。

そうやって
プラスもマイナスも両方を受け入れ
それでよいのだと自分を許してあげると
心の余裕が生まれる。

心に余裕が生まれると
そのマイナスの欠点から
魅力的な人間力がにじみ出てくる。

そうなれば、人はどんどん
活き活きと輝いてくるんだよ。

この世は表裏一体
どの言葉も納得しますね。
 
 
 
※『 思わず涙する感動秘話』の画面一番上にある
 【 いいね! 】を押していただきますと
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押忍

2018年10月21日日曜日

極真 本部直轄三重道場 審査会

本日、国際空手道連盟 極真会館 本部直轄三重道場の審査会に参加させていただきました。

今回、審査員として参加させて頂いた訳なのですが、
自分自身が大変勉強をさせて頂く事ばかりでありました。

川村先生ならびに本部直轄三重道場の皆様、
本当にお疲れ様でした、ありがとうございました。

また、
この様な機会を与えて頂きました松井館長ならびに総本部の皆様、本当にありがとうございました。


今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。


ありがとうございました!


押忍(^^) 石黒康之

凡事徹底

武士道からは多くの事を学べます。

以下は、吉田松陰が説く武士道の教えです。

_______

武士の一日というのは、仲間や客に会う以外には、武芸を習い、武士の武士たる意味を考え、刀など武器の手入れをすることの三つにすぎない。

武士が本当にこの三つのことを当然のこととして日々行っていれば、敢えて武士たらんと願わなくても、武士らしい武士となるであろう。

その才能の有無、才知の有無は論ずるまでもない。

【解説】

一日一日の積み重ねが人の一生であれば、人生というものは実に単調な作業の継続である。

ところが、若い頃にはこれが分からない。

あれもやらねばこれもやらねばと勝手に思い込み、無駄なことに大切な時間とエネルギーを費やしてしまう。

「凡事徹底(ぼんじてってい)」ということがいかに難しく、また、どれほどすごいことであるかということが理解できよう。

_______

「吉田松陰に学ぶ 男の磨き方」川口 雅昭 著 致知出版

http://dokusume.com/modules/store/index.php?main_page=product_info&products_id=5193

_______

「凡事徹底」

だれでも出来ることかもしれないけど、

だれにも出来ないくらい、続けてみる。

だれにも出来ないくらい、愚直に向き合う。

だれにも出来ないくらい、工夫する。

「徹底」って、そういうことです。

※魂が震える話より


シェアさせていただきました。


押忍

極真空手 浜松西伊場 武道空手道場

本日の極真 浜松西伊場道場は支部恒例行事のハロウィンを行いました(^^)

年々、メイクなどのクオリティが高くなりただただ驚かさせられるばかりであります。(^^)

また、本日、浜松三方原道場のメンバーも参加してくれて楽しくハロウィンを終える事ができました。



「おもしろき、こともなき世を、おもしろく、、、すみなしものは、心なりけり」

高杉晋作さんの辞世の句が今世を楽しく充実して生きるコツの様に感じる今日この頃であります、、、


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました!



押忍(^^)

極真空手 蒲郡道場

国際空手道連盟
極真会館   愛知東三河支部  蒲郡道場

土曜日 PM8:00〜9:00  合同部

担当指導員   末田正幸 師範代  参段


創始者  大山倍達
館長      松井章奎
支部長  石黒康之

053-482-9937



押忍                                  石黒康之








2018年10月20日土曜日

ハロウィン

本日、極真 浜松西伊場道場では支部恒例行事のハロウィンを行います(^^)

お待ちしてまーすーー


押忍(^^)

目の前の人を大事にし、喜ばせる事だけを考える

「生まれ変わってもお母さんの子どもがいい?」


自分のお子様を前に立たせて、こう聞いてみてください。


「あなたもう一度生まれてくるとしたら、もう一度お母さんの子どもに生まれてきたいかい?」と、


その時たいていの子どもは、

「冗談じゃないよ」って言うかもしれません。


でも、冗談じゃないよって言っても良い。


その時こう言って欲しいのです。


「私はお前のお母さんとして生まれて来て良かった」

と…。


そう言うお母さんが、今は求められているのです。


お父さんであれば、自分の息子を前にして、

「お前は俺の息子に生まれて良かったか?」と聞き、

息子がどんなへらず口を答えたとしても、

「俺はお前の親父として生まれてきて、これほど良かったことはないよ」

と言ってあげることが出来る、お父さんが必要なのです。


そして役割が違えば、例えばご主人であれば、奥さんを前にして、

「俺はお前の夫になったことを、とてもうれしく思う」

と一言言えるか、思えるかが非常に大事なことだと思います。


そのことが言えるような豊かな気持ちが必要だと思います。


この話を聞いた、あるお母さんがこのような手紙を書いて来てくれました。


林和尚の話を聞き、私の家でも小学校3年生と1年生の娘2人との関係について、

いろいろと反省させられました。


先日ふと娘たちに「生まれ変わってもママの子どもがいいかな?」と尋ねました。


上の娘は目にいっぱい涙をためて

「ママとパパの子どもが一番に決まってるよ」と、


「でも死んだら何もかも忘れるから、死んだらだめだよ。

ママ死んだらだめだよ」

と言いました。


下の娘はニコニコしながら、

「ママが一番好きだから、また子どもになりたい」と

言いました。


私は急に胸がジーンとし、二人を抱き締めました。


子どもをありがたいとつくづくそう思いました。


他人さまからみると、出来の悪い子どもかもしれませんけど、私と主人からみると宝物です。


これからの長い人生ともに頑張って行こう、

そう思いました。


・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・

とても感動しました。

林覚乗和尚のお話、心に響きますね♪

南蔵院HPはこちら
http://www.nanzoin.com/


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押忍

2018年10月19日金曜日

悪口男

「お釈迦様と悪口男」

あるところに、
お釈迦様が多くの人たちから
尊敬される姿を見て、
ひがんでいる男がいました。

「どうして、あんな男が
 みんなの尊敬を集めるのだ。
 いまいましい」

男はそう言いながら、

お釈迦様をギャフンと言わせる
ための作戦を練っていました。

ある日、その男は、
お釈迦様が毎日、同じ道のりを
散歩に出かけていることを知りました。

そこで、男は
散歩のルートで待ち伏せして、
群集の中で口汚くお釈迦さまを
ののしってやることにしました。

「お釈迦の野郎、きっと、
 おれに悪口を言われたら、
 汚い言葉で言い返してくるだろう。
 その様子を人々が見たら、
 あいつの人気なんて、
 アッという間に崩れるに違いない」

そして、その日が来ました。

男は、
お釈迦さまの前に立ちはだかって、
ひどい言葉を投げかけます。

お釈迦さまは、ただ黙って、
その男の言葉を聞いておられました。

弟子たちはくやしい気持ちで、

「あんなひどいことを言わせておいて
 いいのですか?」

とお釈迦さまにたずねました。

それでも、お釈迦さまは
一言も言い返すことなく、
黙ってその男の悪態を聞いていました。

男は、一方的に
お釈迦さまの悪口を言い続けて疲れたのか、
しばらく後、
その場にへたりこんでしまいました。

どんな悪口を言っても、
お釈迦さまは一言も言い返さないので、
なんだか虚しくなってしまったのです。

その様子を見て、
お釈迦さまは、
静かにその男にたずねました。

「もし他人に贈り物をしようとして、
 その相手が受け取らなかった時、
 その贈り物は
 一体誰のものだろうか」

こう聞かれた男は、
突っぱねるように言いました。

「そりゃ、言うまでもない。
 相手が受け取らなかったら
 贈ろうとした者のものだろう。 
 わかりきったことを聞くな」

男はそう答えてからすぐに、

「あっ」

と気づきました。

お釈迦さまは
静かにこう続けられました。

「そうだよ。今、あなたは
 私のことをひどくののしった。 
 でも、私はその ののしりを
 少しも受け取らなかった。
 だから、あなたが言ったことは
 すべて、あなたが受け取ることに
 なるんだよ」

    

人の口は
恐ろしく無責任なものです。

ウワサとか陰口というものは、
事実と違って、
ずいぶんとでたらめなことが

よくあります。

ウワサや陰口だけでは
ありません。

図太い神経の持ち主で、
目の前にいる相手に向かって、
直接ひどいことを言う人もいます。

「それ、私の上司です」

と苦笑いしたくなる人も
いるかもしれません。

自分を非難されるようなことを言われたら、
たいていの人が、ダメージを受けます。

傷ついて落ち込んでしまったり、
腹が立ってイライラしたりすることも、
あるでしょう。

でも、お釈迦さまは、違いました。

人前で恥をかかされることを言われても、
ちっとも動じません。

その場を立ち去ることもせず、
じっと相手の話を聞いているのに、
口応えもしません。

それでいて、まったく
傷ついたり怒ったりしないのです。

お釈迦さまは、
相手の言葉を耳に入れても、
心までは入れず、
鏡のように跳ね返しました。

ですから、
まったくダメージを受けないのです。

言葉は時として、
人の心を傷つけることのできる
ナイフになります。

しかし、

心がナイフより固くて強ければ、

痛くもかゆくもないのです。

ひどいことを言う相手を責めても、
仕方ありません。

それより、
自分の心を強くする方が、
簡単で効果的です。

(変わりたいあなたへの33のものがたり)


シェアさせていただきました。


押忍

国民教育の師父といわれた森信三先生の「森信三先生語録」をご紹介させていただきます。

_______

【下座の経験】

人間下座の経験なきものは、未だ試験済みの人間とは言うを得ず。唯の三年でも下座の生活に堪え得し人ならば、ほぼ安心して事を委(まか)せうべし。

【生命の振幅】

人は生命の振幅広きがよし。坂上田村麻呂は怒れば鬼神も挫(くじ)き、笑えば三歳の童子もなつきしという。

【私と公】

私欲に基づく努力は、何時かは必ず行き詰るものなり、之に反し公の為にする場合は、真の行き詰りというものなし。

噴水は大いなる水源でありてこそ持続もすれ、自ら汲み上げるのでは、そのうち疲れを生じて中止になる他なきものなり。

【教室の空気】

水も洩らさぬていの学級経営をしている教室へは、一寸足の踏み込み難き感がするものなり。例えば机の端を揃えるだけでも、教室の空気は大いに引き締まるものなり。

【馬鹿になり切る】

人間真に打ちこめば、頭のよしあしは問題にならず。人間功を為す、必ずしも難からず。ただ馬鹿になってどこまでも続ければよし。ただ馬鹿になり切れる者世に少なきのみ。

【人生二度なし】

男一匹ズブリと頭まで水中に没して、馬鹿になって思い切り離れ業を演ずべし。人生は二度なきが故に。

【比較せずに】

すべて比較が迷いの根元なり。されば他人と自分を比較せぬがよし。比較するゆえ気がもめるなり。確固たる根を張るまでは、息のつづく限り水を潜って、他人の泳ぎ振りなど見ぬがよし。

【返事一つに】

返事の仕方一つにも、その人の人柄は現われるものなり。わずか一秒早くても、そそっかしやと言われ、これに反し一秒遅れても、不承々々の返事と思われるなり。


森信三語録 下学雑話
森信三 著
致知出版社
_______


森信三先生は、以下にある「人間の一生」という文章を精力的に広めることを推奨していたそうです。

___

「人間の一生」(読み人知らず)

職業に上下もなければ貴賤もない。

世のため人のために役立つことなら、何をしようと自由である。

しかし、どうせやるなら覚悟を決めて十年やる。

すると二十からでも三十までには一仕事できるものである。

それから十年本気でやる。

すると四十までに頭をあげるものだが、それでいい気にならずにまた十年頑張る。

すると、五十までには群を抜く。

しかし五十の声をきいた時には、大抵のものが息を抜くが、それがいけない。

「これからが仕上げだ」と、新しい気持ちでまた十年頑張る。

すると六十ともなれば、もう相当に実を結ぶだろう。

だが、月並みの人間はこの辺で楽隠居がしたくなるが、それから十年頑張る。

すると、七十の祝いは盛んにやってもらえるだろう。

しかし、それからまた、十年頑張る。

するとこのコースが一生で一番面白い。

___

「人生二度なし」という言葉をよく語ったそうです。

一度きりの人生です。

どう生きるか、どんなことをして、どんなものを後世に遺していくのか。

すべては自分が選ぶ生き方次第。

楽をして自分だけ得をしようと思えば、きっと苦労して何も遺さない人生になるでしょう。

必死に頑張って周りの人や公のために生きる人こそ、70になっても80になっても面白く充実した人生を送ることができるのでしょうね♪

今日を、今を、もっともっと一生懸命生きていこうと思いました。

※魂が震える話より

シェアさせて頂きました。


押忍

2018年10月18日木曜日

陰口

陰口を言われたら、あなたの勝ちです。
あなたはそれほど周りの人にとって価値ある人間なのです。
陰口を言う人間の劣等感に振り回される必要はありません。
あなたのことをどう思うのかは他人の課題であり、
あなたの課題ではありません。
後ろめたいことが無いならば、自分の目的を追求しましょう。
byアルフレッド.アドラー
.

「ただ誹られるだけの人、
またただ褒められるだけの人は、
過去にもいなかったし、
未来にもいないであろう、
現在にもいない。」
仏陀の言葉より

シェアさせていただきます。


押忍!

極真空手 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 蒲郡道場の風景です。

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

極真空手 豊橋 浜松西伊場 豊川 湖西 武道空手道場

本日の極真 豊橋 浜松西伊場 豊川 湖西 各道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。



押忍(^^)

本気

「本気になった人から成功する」

西田文郎氏の心に響く言葉より…

人は自分のためにはなかなか力を発揮できなくても、誰かのためだと平気で発揮できてしまうものです。

その究極の例が戦時中の神風特攻隊ではないでしょうか。
彼らはお国のため、自ら死に向ったわけですが、心の中にはお国というよりも家族の顔が浮かんでいたはずです。
ここで食い止めなければ家族の命が危ない、そう思うからこそ自分の命を差しだすことができたのでしょう。

「誰かを幸せにした」と思う気持ちを、私は他喜力と呼んでいますが、この他喜力は何より大きな原動力になります。
まずは自分が喜ばせたい人を笑顔にすることから考えてください。
今自分が仕事で頑張ったら喜んでくれる人、上司や親、妻、夫など。

次に会社に入る前にお世話になった人、自分のことを心配してくれた人を書き出します。
もう亡くなっている人も含めて全て書き出してください。

そしてその中でも一番喜ばせたい人を決めます。
その1人があなたの心の支えであり、神さまのような存在です。

これが真の動機づけ、いい換えると内発的動機づけになります。

世の中は本気になった人から成功していきます。
一生懸命には誰でもなれるのですが、なかなか本気になれません。

なぜなら本気になるには、自らの意思が必要だからです。
日本人は「でる杭は打たれる」「人にいわれたことには素直に従う」ということを教えこまれていますから、上司の命令に一生懸命応えるのは得意です。

しかしそこから突出するには枠から飛びでて常識はずれになる必要があり、そのためには強い意志が必要になります。
その意思を強固にさせ、人を本気にさせるのが誰かを幸せにしたいという内発的動機づけなのです。

◇『ここ一番に成功する運とツキを呼ぶ方法』創英社/三省堂書店

知覧の特攻隊平和会館に行った人は、誰もが涙なしには帰れない。
特攻隊で亡くなった方々の遺書が展示してあるからだ。

その遺書の多くは、両親や弟や妹に宛てて書いてある。
10代や20代の若者たちが出撃の前夜に書いた遺書だ。

誰かを守る、誰かを喜ばせる、という動機ほど人を突き動かすものはない。
そして、人を本気にさせる。

「本気になった人から成功する」
この世で一番喜ばせたい人のために、本気で行動したい。

※【人の心に灯をともす】より


シェアさせていただきました。


押忍

押忍

極真空手 豊橋 浜松西伊場 豊川 湖西 武道空手道場

本日の極真 豊橋 浜松西伊場 豊川 湖西 各道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。



押忍(^^)

【人は、なぜ生まれてくるのか】

産婦人科医・医学博士、池川明氏の心に響く言葉より…

人はなぜ、生まれてくるのでしょうか?

これを子どもたちに聞くと、「人の役に立つため」、とりわけ「家族を幸せにするため」という答えが多いです。

臨死体験をされた方々の複数の証言によると、死後、閻魔様(えんまさま)の前で聞かれるのは、次の2つのことだけだとも言います。

1. 陰徳(いんとく)を積んだか?(人知れず、他人の役に立ったか?)

2. 自分の人生を楽しんだか?

であるにも関わらず、私たちが「生きているのがつらい」と感じることが多いのは、なぜでしょうか?

私が、多くの子どもたちから集めたお話から解釈するに、たぶん、「自分がつらい思いをして、それを乗りこえたときに、魂はそれを"楽しい"と喜ぶ。そしてつらい思いをしたからこそ、同じようにつらい思いをしている人の役に立つことができる」からだろう、と思います。

つまり、ずっと幸せかつ平穏に過ごしているだけの人は、他人の心に寄りそえないし、魂も、実は「それで楽しい」とは思わないようなのです。

つらさのただ中にある人は、実は、同じようなつらさを経験したことのある人の助言しか、真剣には聞かないものです。

なので、そのためにもつらい経験をする必要がある、苦労する必要があるのかな、とも思います。

実は、子どもたちに聞いた、空の上で暮らす魂の日常は、すごく穏やかで、平和で、幸せなのだそうです。

着るものにも、食べるものにも困らない世界で、食べようと思えば、いくらでも食べられて、ダイエットの必要もない、すごく良いところなのだそうです。

ですので、この世に生まれてくる魂たちは、"非日常"を求めて…まさにアミューズメントパークに来るような感覚で、この世に生まれてくるようなのです。

楽園から楽園に移動しても"非日常"は感じられないので…それでこの世は、制限が多く、つらいことも多い世界なのでしょう。

また、空の上と、この世とでは、どうも時間の流れも違うようです。

空の上は時間がすごくゆっくり流れていて、地上は速いのです。

私たちの100年と、赤ちゃんとして過ごした数週間とか数日間は、あちらの世界に戻るとそう変わらない、と多くの子が証言しています。

空の上では、時間という概念がないのだけれど、あえて言うと、時間がものすごくゆっくり流れている、と。

だから地上に生まれて来ると、魂の成長が、空の上にいるときよりもはるかに早まるのだそうです。

いわば、この世は、魂レベルの促成栽培地なのです。

空の上では、小学校1年~6年までに千年かかるのに、地上では6年で済むとか、そういった感覚で考えていただけると良さそうです。

ですから、お得なのです。

だから、みんな、地上に来たがるわけです。

ですから、「早く魂を成長させたいな」という人が優先的に生まれて来ているとも言えます(実際は、そうした成長とは無関係に、この地上に、ただただ多くの刺激や体験を求めに来ている魂も少なくないようですが)。

『ぼくが生まれてきたわけ』KADOKAWA

池川氏はこう語る(同書より)。

『子どもが望む愛、注いでほしい愛って、何なのでしょうか?

これがけっこう難しいんですけど、長年調べてきてわかったのは、それはどうも「笑顔」のことのようなのです。

お母さんの笑顔。

妊娠中にニコニコしていて、生まれたとき、赤ちゃんの顔を見てはニコッとして、その後、子どもが大きくなって「ねぇ、ねぇ、お母さん」って言ってきたら、「なあに?」ってニコッと笑う…これが愛情なのです。

愛情イコール、笑顔だったんですね。

でも、たいていのお母さんは、妊娠中からしかめっつらをしています。

病院で、これをやっちゃダメ、あれをやっちゃダメって言われますからね。

食事や行動も制限されて…具合は悪いし、旦那は理解に乏しいし。

そうして苦労して生んだ後は、赤ちゃんは泣きますし…さんざんなんですね。

そういうお母さんを、お子さんから見ると、お母さんは、いつも眉間にしわを寄せていて、つらそうな顔をしているんです。

子どもは、自分が生まれて、お母さんが笑顔になるのを期待しているのに、笑顔にならない。

すると、自分は生まれちゃいけなかったかな、と思うんです。

それで、少し大きくなってくると、今度は怒られるわけです。

「あんたが、こんなことをするから!」「あんたさえいなけりゃ、お母さんは苦労しないのに!」とか。

そうしたら、「もう空に帰ろうかな」と思う子も出てくるのです』

人生はジェットコースターのようなものだという。

山を乗り越えると、次は坂を猛スピードで下(くだ)る。

すると、また次の山がある。

苦しいことも同じで、乗り越えたと思ったら、また次のイヤなことがやってくる。

しかし、何度も何度もその山や坂を越えていくと、だんだんとそのアップダウンの傾斜は緩やかになってくる。

我々は、そのジェットコースターに乗ることを、自ら選んで生まれてきた。

目の前に起こるできごとを、すべてそのように考えると不平や文句は言えなくなる。

陰徳を積み、笑顔で人生を楽しみたい。



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押忍

2018年10月17日水曜日

笑い

【笑いの効果には、驚くべきものがあります!】

笑うだけで病気が治ることもあります

笑いは自然治癒力(免疫力)の代表選手
『ナチュラルキラー細胞』を増やします

笑いは毎日のストレスを解消させ
心と関係の深い自律神経の
バランスの働きをよくしてくれます

また笑いは人間関係を円滑にし仕事の効率を
挙げることができます

結婚できることもあります

つまり昔からのことわざ
「笑う門には福来る」です

笑顔は顔の表情筋を使うことは
胸腺を刺激します

これが病気に利くのです

免疫が高まってガンやエイズにまでよいことが
学術的に確かめられていると思います・・・・

また笑うことは誰でもが持っている「超能力」
とも言われていますが

笑いが人生をより良い方向へ
変えることは確かなようです

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血行促進や記憶力低下・・・笑いの効果

❶脳の働きが活発化
脳の海馬は新しいことを学習する時に働く器官
笑うとその容量が増え
記憶力がアップします。

意志や理性をつかさどる
大脳皮質に流れる血液量が増加するため
脳の働きが活発になります。

❷血行促進
思い切り笑った時の呼吸は、深呼吸や腹式呼吸と同じような状態
体内に酸素が沢山取り込まれるため
血のめぐりが良くなり
新陳代謝も活発になります。

❸自律神経のバランスが整う
自律神経には、体を緊張モードにする交感神経と
リラックスモードにする副交感神経があり
両者のバランスが崩れると体調不良の原因。

笑うと副交感神経が優位になるので
交感神経とのスイッチが頻繁に切り替わることになり
自律神経のバランスが整います。

④筋力アップ
笑っている時は、心拍数や血圧が上がり
呼吸が活発となって酸素の消費量が多くなります。

大笑いするとお腹や頬が痛くなるように
脂肪、横隔膜、助間筋、顔の表情筋などを動かすので
少しだけ
筋力を鍛えることにもなります。

❺幸福感と鎮静作用
笑うと脳内ホルモンであるエルドルフィンが分泌されます。
この物質は幸福感をもたらすほか
ランナーズハイの要因ともいわれ
モルヒネの数倍の鎮静作用で痛みを軽減します。

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押忍!

極真空手 浜松大蒲 武道空手道場

本日の極真 浜松大蒲道場の風景です。

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

2018年10月16日火曜日

1999年 極真会館 総本部 鏡開き

国際空手道連盟 極真会館 総本部内弟子 若獅子寮の大先輩である、
北本久也師範(現 和歌山県支部長)と旧総本部道場鏡開き(1999年1月11日)にて撮影


めちゃくちゃ懐かしいです(^^)


押忍

たぶん、
人間、死んで終わりではない、、 、

ずーっと、ずーっと続く、
何かしらの空間の中の一部で、
生まれて死んでいくいうことをただただ繰り返しているだけ


それが人生



死んだらラクになる

だけど生きてりゃこそ


生きているからこそ、
美味いものも食べられるし、腹の立つことも経験できる

生きている間におもいっきり苦楽を味わおっと


きっとそれだけが、
人間の心魂を成長させることが出来るただ唯一の道


たぶん、
それを何度も何度も繰り返しているだけで死んだら終わりではない



じゃあその先は、、

自分は人間だから分からないし、 、

考える必要もない、、 、



そこから先は神様の領域

日本国の神様は天照大神様(太陽神)


太陽に近付き過ぎたらひとたまりもない

程よい距離が一番よい


それと同じく、
人間が無闇に神様の領域に近付き過ぎたら、、、

たぶん必ず罸があたる




本当かどうか、正しいかどうかなんて、

自分にはどっちでもいい



自分の中で腑に落ちて、
今世、たのしく、ワクワク生きられるんだったら、

本当か本当でないか、正しいか正しくないかなんて、


どっちでもいい


押忍 石黒康之

諸行無常

「諸行無常の教え」
"その昔、お釈迦さまは、"諸行無常"ということを説かれました。
この教えは、一般には"世ははかないものだ"という意味に解釈されているようですが、私はむしろ"諸行"とは"万物"、"無常"とは"流転"と考え、諸行無常とは、すなわち万物流転であり、生成発展ということであると解釈したらどうかと思うのです。
言いかえますとお釈迦さまは、日に新たでなければならないぞ、ということを教えられたのだということです。

これはたんに仏教だけの問題でなく、お互いの日々の仕事をはじめ、お互いの人生、社会のあらゆる面に当てはまるのではないでしょうか。"

松下幸之助


押忍

ダグラス・マッカーサー

ダグラス・マッカーサー

「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。

日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。

日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。
もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。
したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」

アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
1951年5月3日
ダグラス・マッカーサー

人生100年時代への準備

【百歳人生を生きるヒント】



五木寛之氏の心に響く言葉より…


日本人は、明治維新以後、和魂洋才を旨として、西洋の哲学や思想を、近代化の規範としてきました。

その結果、日本は科学・技術大国として成長をとげました。

しかしいま、これまでの洋才主義に翳(かげ)りが出てきています。

いや翳りどころか、もうこれまでの価値観だけではやっていけない所まで来ているのかもしれません。

私はいま、明治維新以来の脱亜入欧の国のあり方、西洋一辺倒あるいはアメリカ一辺倒のあり方を、見直すことが求められているような気がしてなりません。


たとえばキリストは、30代で亡くなりました。

若くして死んだキリストの宗教観は、いわば青春の熱情が横溢(おういつ)しています。

キリスト教は、青春の宗教と言っていいかもしれません。


西洋の文化に、一種の青春主義の匂いがまとわりつくのは、このキリストの青春期の死と、大いに関係があると、私は考えています。

それに対し、ブッダは長生きをしました。

旅先で80歳で亡くなりました。

30代の宗教家と、80代の宗教家では、神の観念や人間観が違って当然です。


すでに日本という国は、戦後の青春期、繁栄期を終え、下山の道を歩みはじめました。

これまでの青春主義では、下山の道のりは通用しません。

しかも高齢化社会を迎え、国民も下山の道を歩みはじめています。

いま私が、ブッダの思想の可能性に思いをめぐらすのも、そのためです。


医学や科学の進歩の恩恵で、人の寿命は100歳まで伸びるという。

そういう大転換の時代を迎えているいま、人間という生き物への価値観が追いついていない。

人生の生き方や、死生観が「人生50年」と考えられていたモノサシのままです。

そこに、漠(ばく)とした不安が蔓延しているのではないでしょうか。


100歳人生を生きるには、そもそも、これまで信じてきた人生観や死生観の転換が求められます。

「人生100年」時代にふさわしい生き方や、人間性についての考え方を、あらためて再構築し、新しい生き方、新しい哲学を打ち立てることが必要ではないか。

私はそんなふうに考えるのです。


世界に先駆けて、日本人は、100歳人生を生きなければならない入り口に立っています。

日本人は、あとにつづく国々に、どうすればいいかを、指し示す役割があるのではないかとも考えます。

そのためには、私も、いくつか覚悟をしなければならないと感じています。


『百歳人生を生きるヒント』日経プレミアシリーズ






五木氏は、本書の中でこう書いている。


『2017年の初めに、世界的ベストセラーとなった2冊の本があります。

1冊が「サピエンス全史」で、もう1冊が「ライフシフト―100年時代の人生戦略」という本です。

「サピエンス全史」ですが、7万年前、アフリカの片隅でとるに足りない動物だった人類が、西暦2017年の現在、いまや神になる寸前まで進化して、永遠の若さだけでなく、神の役割をも手に入れようとしていると、歴史学者の著者は述べています。

この歴史学者の説を、現在進行形の社会に照合するとどうなるのかという本が「ライフシフト」ではないかという感想を持ちました。

国連の推計によると、2007年に日本で生まれた子供の半分は、107歳以上生きることが予想されているというのです。

著者はこう書いています。

「私たちはいま途方もない変化のただなかにいるが、それに対して準備ができている人はほとんどいない。その変化は、正しく理解した人には大きな恩恵をもたらす半面、目を背けて準備を怠った人には不幸の糧(かて)になる」』



もし仮に定年を60歳だとしたら、100歳までには40年もある。

人生の半分近くを余生として生きるにはあまりにも長すぎる。

年金の支給の支給開始年齢は毎年遅くなっているし、医学の進歩により未来は長寿が約束されている。

そこで必要となってくるのが、「生涯現役」の考え方。

金銭的にも健康的にも精神的にも、現役で長く働けることが、長寿社会には必須だ。


そして精神面では、ある程度の年齢になって必要となってくるのが、仏教的な考え方。

仏教には「生老病死」という逃れられない苦しみがあると教えている。

これを「四苦」というが、この四苦を逃れる方法が「悟り」を得ること。


百歳人生を生きる覚悟を身につけたい。



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押忍

はじめに言葉ありき

《人は波動を感知しながら生きている。言葉の波動を口に出して伝達する》

人はそれぞれ波動を出しています。

そして、たがいにその波動をそれとなく感知しながら生きています。

波動には二種類あります。

一つは、考え方から出るムードやふんい気の波動。

同じような思い、考えを持っている人同士が、その波動を好んで集まるんですね。

二つ目は、言葉の波動です。

言葉を口に出して伝達すると、同じ波動を持った人同士が吸い寄せられて集まってきます。

波動が同じ人とは、波長が合うとも言いますが、一緒にいても居心地よく過ごせるし、仕事などもうまくいきますよ。



《「言霊」のエネルギーをフル活用すれば、運に勢いがつく》

言葉は「言霊」というエネルギーを持っています。

そのエネルギーは、波動となって伝達されます。

そのエネルギーを使うか使わないかによって、人生に大きな違いが出てきます。

幸せになりたいと誰もが願っているでしょう。

どんなときでも、「ついてる」という言葉を言いましょう。

それが運に勢いをつける一番いい方法です。

「ついてる」と言うだけですから、簡単でしょう。



《「ついてる」と言うだけで、幸運波動がやってくるから、自然にハッピーになる》

「ついてる。ついてる」と言っていると、実際に「ついてる」ことがどんどん起きてきます。

なぜなら、「ついてる」と言えば、幸運の波動がやってくるから、あなたの周りは「ついてる」ことでいっぱい。

いつも「ついてる」という言葉を口にしていると、知らない間にとてもハッピーになっているから不思議。

だって、本当に「ついてる」ことばかりに包まれるから、自然にハッピーになるんです。

ただ、「ついてる」と言っているだけ。



《まず、人が喜ぶことを言葉に出す。心はあとからついてくるもの》

心にもないことを言うのはダメという人もいるけれど、そうじゃないんです。

心のなかで思っていても、考えていても、行動に出さなければなんにもなりません。

あなたはいつまで経っても変わらないでしょ。

だから、先に言葉に出せばいいんです。

心はあとからついてきますよ。



《スリに遭って今月の食費がなくなっても、「想像できないくらい、ついてる」と言うんです》

買物をしに行って、お金を支払おうと思ったら、財布がない。

さっき買物袋のなかを確かめたばかりだから、きっと、スリに遭ったに違いない。

そんなとき、

「ああ、今月の食費がなくなっちゃった。どうしよう。ついてないなあ」

と言う代わりに、ついてる言葉を言うんです。

「命までなくさなくてよかった。ついてる。ついてる」

本当に困ったときこそ、言うんです。

「私ってついてる。想像できないくらいついてる」

これが「ついてる」のトレーニング法。



《「ついてる」は感謝の言葉。それが言えないのは、感謝の気持ちが足りないから》

「ついてる」と言うのは、幸せに生きるための第一歩。

「ついてる」とは感謝の言葉。

それが言えないのは、どんなことに対しても感謝の気持ちが足りないから。

今日、生きていられることが感謝だし、「よかった!よかった!」なんです。

感謝の言葉をつづけると、天の声が聞こえてきます。

その声こそ、あなたを幸せに導いてくれる最高の声です。



《ついてないときでも、ついてると言うトレーニング》

あなたが自転車で道路を走っているとき、石ころにつまずいて転んで路肩に投げ出されてしまった。

脚は痛いし、ヒザがすりむけて血が出ている。

そんなときは、「痛いなあ。ついてないなあ」とつい、口から出てしまいますよね。

でも、ついてる人ならこう言っちゃいます。

「骨が折れなくてよかった。ついてる。ついてる」

心のなかでついてないと思ってもいいんです。

ついてないときでも、ついてると言うトレーニング。


『斎藤一人ツキを呼ぶセラピー』KKロングセラーズ




斉藤一人さんは、本書の中でこう語る。

『いつも感謝を忘れないことです。

感謝を口に出して言うと、また感謝したくなるようなことがつづけて起こるの。

それで、また感謝する。

だから、感謝している人には、いいことばかり起きます。

グチや不平不満ばかり言っている人は、感謝の心のない人。

そういうのを「魔寄せ」と言います。

魔を寄せつける人には、つきがありません』



「ついてる」とは感謝の言葉。

感謝のない人は、うまくいったことを、自分の力だと思い込んだり、まわりにいばったりする。

「ついている」と言う人は、「私の力ではありません」まわりの人や神さまのおかげですという、「おかげさま」の心を持っている。

「おかげさま」とは、「今回はたまたまうまく行っただけで、私の力ではありません。何か目に見えない大きな力が助けてくれたんです。ありがたい」、という謙虚な心であり、感謝の心がある。

感謝すれば感謝したくなるようなことばかりが起き、「ついてる」といえば「ついてる」ことがばかり起こる。


嫌なことが起きたら、それは天から試されていると思って…

どんなときも、「ついている」を口ぐせにしたい。


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押忍

今日の言葉 稽古

起きるすべての出来事は神様のお計らいで
自分に必要な問題と素直に受け入れて感謝するうちに、
辛く感じられる運命が消えていく
━━━━━━━━━━━━━━
鮫島 純子(渋沢栄一の孫/エッセイスト)
『致知』2018年11月号特集「自己を丹誠する」【最新号】より

拳立て十回です。

本日、私は予定通りに浜松大蒲道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)

11月3日(土・祝) 蒲郡道場 秋の無料体験会
11月4日(日) 浜松半田・浜松西伊場 秋の無料体験会
11月11日(日) 秋の支部合同稽古会
11月18日(日) 秋の支部内部試合

以上となります。
各行事の申込締切は基本的に各行事の1週間前までとなります。
(試合関係に関しましては締切が早まります。)

いつもお世話になりありがとうございます。(^^)

宜しくお願い致します(^^)


押忍! 石黒康之

SNSの功罪 上機嫌の修行

【上機嫌は人のためならず】

明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…

現代は、インターネットという、誰でもいつでも不機嫌をまきちらせてしまえるツールが誕生し、「他人の不機嫌には傷つきやすいのに、自分の不機嫌は無意識に発散させてしまう」人が増えている時代です。

不機嫌を人にさらしている状態は、いわば「裸の王様」です。

荒波のように波立った不機嫌を鎮め、オブラートに包んだ言動ができれば、自分も周囲も安心して社会生活が送れるようになります。

マナーは自衛手段でもあるのです。

周囲の空気が硬く委縮していても、他者へのサービス精神にあふれ、生きることのエネルギーにあふれた人が一人でもいれば、場の調子は必ず良い方向へと転じていきます。

上機嫌であるというのは、人に対してオープンであるということです。

その時々の気分で揺れることなく、つねに安定した上機嫌の心持ちを維持継続して物事に対応できる「オープンマインド・オープンバディ」な人は、円滑にコミュニケーションができます。

コミュニケーションを通じて周囲にも良い効果を及ぼすことができ、結果的に自分の気持ちもさらに向上します。

「上機嫌は人のためならず」。

周囲の不機嫌に悩んでいる人、コミュニケーションの取り方に悩んでいる人こそ、上機嫌の効能に助けられるはずです。

たとえば急ぎの用事があって電車に乗ろうとしたところ、前にいるお母さんとベビーカーの動きがおそく、自分が乗る前に電車のドアが閉まってしまったとしましょう。

「子連れで出かけるのは本当に大変だろうなあ」といたわりの心が持てる人もいるでしょうが、一瞬「やっぱりベビーカーは邪魔だな」「あの母子がいなかったらなあ」とイラッとしてしまう人もいることでしょう。

「不機嫌の芽」が出る瞬間です。

私は「不機嫌の芽」自体が必ずしも悪いものだとは思っていません。

心のなかに不快な気持ちが生まれること自体は生理反応であり、人間としての性(さが)であるからです。

以前、「機嫌とは、人の表情や態度に表れる快・不快の状態」だと述べました。

感情の変化をその時点で確認し、抑えて、人前で見せなければいいのです。

万一その場で舌打ちをしてしまっても、「あ、今のは良くなかったな」と自分を立て直すことができれば、上機嫌に一歩近づけます。

あるいは、家族や友人に「今日ベビーカーが邪魔で電車に乗れなくてさ―」とグチを言ってしまうことはあるでしょう。

それでもまだ大丈夫。

彼らはあなたの元々の性格や普段の行動を知っています。

「まあまあ、そんなにイライラしなくても」「あなたらしくないんじゃない」と諫(いさ)めてくれ、「あ、今のは良くなかったな」とすぐに反省することができるはずです。

しかしこのところの日本では、自分が思ったことをすぐにSNSに書いてしまう人が後を絶ちません。

「今日電車に乗ろうとしたらベビーカーが邪魔で乗れなくて、用事に遅れちゃった。最悪」

すると、どうでしょうか?

あなたの不機嫌…他者に対する不寛容さを露(あら)わにした不用意な発言が、いきなり全世界に発信され、拡散し、多くの人に「未熟な人」という印象を与えてしまいます。

これは非常に危険な状態だということが、おわかりでしょうか。

「陰口」とされるものが、「陰」ではなくなり、公にさらされています。

SNSは、こうして不用意に発せられた不機嫌な言葉であふれています。

家でくつろぎながら何気なしにつぶやいたことが世界に伝播(でんぱ)することで、あなたの評判が下がったり、人間関係が破壊されたり、最悪職を失ったりすることもありえます。

現代人は他者の不機嫌に傷つきやすくなっている一方で、24時間攻撃性を発揮できるようにもなりました。

その主戦場はあなたも毎日ふれているであろうインターネット。

もっと言えばツイッター、フェイスブック、LINEなどといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。

情報テクノロジーの発達とともに、インターネットは、個人が自由に発言しコミュニケーションできる場所を数々生み出してきました。

発信とコミュニケーションの機会が生まれたことで、人類社会に数々のメリットがもたらされたことは疑いようのない事実です。

しかしその一方で、個人が自由に発信しコミュニケーションできるというインターネットの利点は、不機嫌を増大、蔓延させ、遠くまで広げてしまうという弊害ももたらしてしまったように思います。

自動車の免許をとるときは、誰でも必ず自動車教習所に通って講習を受け、実技・筆記の双方で試験を受けて、合格する必要があります。

もちろん免許を持っていても事故を起こす可能性はありますが、教習を受けているからこそ、人々は「いつ何かの拍子に加害者になるかもしれない」ということを頭の片隅に置きながら、身を引き締めて運転を行えるわけです。

それに対してSNSはどうでしょう。

免許どころか運転講習すらないのに、誰もが無責任に自分の気分を発信できてしまう。

私はこれは非常におそろしいことだと思っています。

みんながみんな、知らず知らずのうちに複雑な首都高速に乗っかってしまっている。

SNSでの発言が原因で職を失った人や、他人の発言に傷ついて自殺した人もいるような状況なのに「いつか何かの拍子に加害者/被害者になるかもしれない」と言う発想が希薄な人が多いように見受けられます。

インターネットには、自分も無免許運転であるにもかかわらず、他人を取り締まろうという不機嫌で傷つきやすい運転者があふれています。

『不機嫌は罪である』角川新書

「上機嫌は人のためならず」とは、「情けは人のためならず」からきたもの。

人に親切にすれば(情けをかければ)、相手のためになるだけでなく、やがては自分によいことがかえってくるということ。

上機嫌も同じで、自分が上機嫌でいれば、それはやがて、上機嫌がかえってくるということ。

齋藤孝氏は、周囲が不機嫌なときは、日本の神話「天の岩戸」を思い出すといいと言う。

天の岩戸とは、言うまでもなく、アマテラス大御神が弟スサノオノミコトの乱暴な言動にほとほと耐えかねて、岩戸の中にこもってしまったという話だ。

アマテラス大御神は、太陽の神様なので、世の中は真っ暗になってしまった。

そこで他の神々が相談して出した結論が、岩戸の前で宴会をするということ。

みんなで岩戸の前で、酒を飲み、歌って踊って、大笑いをした。

すると、アマテラス大御神は、私がこもっているのに、「何でみんなでそんなに楽しそうにしているの」と気になって、岩戸を少し開けたときに、力持ちの神様がその岩戸を目一杯開いたという物語だ。

つまり、こうした笑いや、踊り、歌などで、場を楽しくして、不機嫌な人を上機嫌にするということ。

だから、上機嫌こそが問題を解決する、という教えだと斎藤氏は言う。

「上機嫌は人のためならず」

いつも上機嫌な人でありたい。


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押忍