2018年10月23日火曜日

会話の誘い水

「料理人に会ったら料理のこと、運転手に会ったらクルマのこと、坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、
知ったかぶりせずに、素直な気持ちで聞いてみたらいい。

自慢話なんかしているより、ずっと世界が広がるし、何より場が楽しくなる。

たとえ知っていたとしても、一応ちゃんと聞くのだ。

そうすれば、専門家というものは、きっとこちらの知らないことまで話してくれる。

井戸を掘っても、
誘い水をしないと水が湧いてこないように、人との会話にも誘い水が必要なのだ。」

北野武


押忍
【感情の流れをいったん遮断するテクニック】



福井県霊泉寺住職、南直哉氏の心に響く言葉より…


人は、「他人の海」で生きなければならないのですから、ストレスや葛藤がないわけがありません。

感情に左右されないほうがいいと思っている人は多いかもしれませんが、感情が揺れたり乱れたりするのは当然です。

大事なのは、その波に巻き込まれたり、流されたりしないようにすることです。

つまり、感情が「心」という器からこぼれさえしなければいいのです。


「不動心」という言葉があります。

これは私に言わせれば、何があっても岩のように動かない心のことでも、まったく波立たない水面のように静かな心のことでもありません。

生きているうちは、そんな心を持つのは無理な話です。

喜怒哀楽がなければ、死んでいるのと同じですから。


私が考える不動心とは、揺れてもいいがこぼれない心のこと。

ヤジロベエのようにゆらゆら動いたとしても、軸は一点に定まっている心のことです。

ヤジロベエはどんなに大きく揺れても、決して台から落ちません。

見事なものです。


不測の事態に動揺したり、理不尽な目に遭って怒りがこみ上げたりしても、しなやかに揺れて、またスッと元に戻る。

言い換えればそれは、平均台の上をバランスをとりながら歩くような感覚に近いかもしれません。

自分が決めた道から外れなければいいのですから、その間でなら、揺れてもまったくかまわないわけです。


なぜ人が、感情に翻弄(ほんろう)されるかといえば、根本的に認識を誤っているからです。

感情の問題の十中八九は、ものの考え方と見方の問題です。

事態を正しく認識していれば、いったん感情が乱れてもそれに翻弄されることはありません。

感情の波に飲み込まれているときは、自分の中の何かが判断を誤らせています。

認識を誤らせるのは、自分の立場やプライドを守りたいという気持ちかもしれません。

あるいは、ひとつの観念に執着しているからかもしれません。

それをあらわにするには、いったんテクニカルに感情を止めればいいのです。

感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを知っていれば、ヤジロベエのように揺れても戻る不動心を培うことが可能なのです。


『禅僧が教える 心がラクになる生き方』アスコム



南氏は、本書の中で「感情の流れをいったん遮断するテクニック」についてこう書いてある。

『頭で渦巻いている感情や思考は、自分の意思で止めようと思って止まるものではありません。

感情や思考の動きを鎮静化させ、意識の方向を切り換えるためには、体のほうから感情をコントロールするテクニックが必要なのです。

僧侶としては、まず座禅をおすすめします。

ただ、日常生活の中で思考や感情をいったん遮断して、クールダウンする気軽なやり方もあります。

感情からいったん降りて、「平場(ひらば)」に戻す方法です。

たとえば、散歩する、昔の愛読書を読む、お茶をじっくり味わう。

食事をひとりで味わって食べる、肌の感覚に意識を向けながらお風呂に入る。

そういったことを行うと、思考や感情の揺れ静まります。

意外かもしれませんが、草むしりや雪かきなどの単純労働も役立ちます。

単純な肉体労働を繰り返すと感情の起伏が収まり、クールダウンしやすいのです』


『陽明学の教えの中に「天下のこと万変といえども、吾がこれに応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず」とある。

どんなに世の中が激しく移り変わろうとも、喜怒哀楽の四者を大事しておけば生きていけるということである。

陽明学は学問、政治すら喜怒哀楽が要(かなめ)であると言っている』(行徳哲男)


喜怒哀楽を表に出さないのが出来た人間であり、悟った人間だと思う人がいるが、それではただのロボットと変わない。

蘇東坡(そとうば)が言ったように、「仏もまた一個有血的男児」だからだ。

仏には、ふつふつとたぎるような熱情がある。

逆に言うなら、冷めている人間はサタンだからだ、と行徳師は言う。


感情の流れをいったん遮断(しゃだん)するテクニックを身につけたい。 



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押忍

読書

心を打たれるような 身に沁むような古人の書を
われを忘れて読み耽けるときに、
人間は生きるということは誰もが知る体験である。

それを積んでおると、
しだいに時間だの空間だのという制約を離れて
真に救われる。
いわゆる解脱(げだつ)をする。

そういう愛読書を持つことが、
またそういう思索・体験を持つことが
人間として一番幸福であって、
それを持つのと持たぬのとでは
人生の幸、不幸は懸絶(けんぜつ)してくる。

 『安岡正篤一日一言』より 


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押忍

今日の言葉 稽古 お知らせ

あなたが見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい
━━━━━━━━━━━━━━
ガンジー(インド独立の父)
月刊『致知』より
 
拳立て十二回です。
 
本日、私は予定通りに浜松大蒲道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)
 
11月3日(土・祝) 蒲郡道場 秋の無料体験会
11月4日(日) 浜松半田・浜松西伊場 秋の無料体験会
11月11日(日) 秋の支部合同稽古会
 
 
以上となります。
各行事の申込締切は基本的に各行事の1週間前までとなります。
(試合関係に関しましては締切が早まります。)
 
いつもお世話になりありがとうございます。(^^)
 
宜しくお願い致します(^^)
 
 
押忍!                                 石黒康之




極真空手 浜松半田 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 浜松半田道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

2018年10月22日月曜日

どんなにワインに詳しくても、ソムリエにワインのことを語ってはいけない。そんなことをしたら、ソムリエは何も大切なことを教えてくれなくなる。「このワインはどうして美味しいの?」と、聞くべきなのだ。

北野武


押忍

自利利他

【とにかく「与える」ことが大事】



内藤誼人氏の心に響く言葉より…



アドラーによると、人に好かれる人には、共通してみられる特徴がある。

それは、相手から何かを「とろう」とするのではなく、むしろ自分から相手に何かを「与えよう」とするのである。


知り合いの誕生日には贈り物をし、お中元、お歳暮も欠かさない人がいるとしよう。

旅行に出かければ、必ず、お土産を忘れない人がいるとしよう。

自分がアイスを食べたくなったときには、ついでに他の人のぶんまで買ってきてくれるような人がいるとしよう。

そういう人が、周囲の人たちに嫌われるということは、あまり想像できない。

なぜなら、彼は「与える」人だからだ。

私たちは「与えてくれる人」が大好きなのであって、そういう人とつきあいたいと思うものなのである。


ケチな人は、人とうまく交わることができない。

ケチな人は、自分から何かを与えようとはしない。

そんなことをすると、自分がソンをしてしまうことになり、ソンをすることは彼にとっては許せないことだからである。


オランダにあるユトレヒト大学のアーク・コンターは、相手に贈り物をする行為は、相手との感情的な結びつきを強める、と述べている。

コンターによると、特に「見返りのない贈物」が重要であって、そういう贈物をする人は、だれにでも好かれるらしい。


世界でナンバーワンの営業成績を出すような、伝説的な人たちの本を読むと、とても興味深い。

彼らは、他の営業マンに比べて、話術が巧みであるとか、説明上手であるとか、そういうことはない。

彼らは、ただ、他の人がやらないようなこと、たとえば、お客さまの誕生日に、必ずバースデーカードを出す、といった「与える」行為をしているのである。

たったハガキ一枚で、差をつけているだけなのだ。


田中角栄さんといえば、「人たらし」で有名であったが、特に難しいことをしたわけではない。

角栄さんは、結婚する人がいると聞けば、だれよりも早くご祝儀を出すとか、家族に亡くなった人がいると聞けば、律儀に花輪を出す、ということをしていただけである。


「私は、お金持ちではないので、そんなに贈物ができません」という人もいるだろうが、それは言い訳にすぎない。

別に高価なモノを贈りなさい、などといっているのではない。

ハガキでも手紙でもいい。

とにかく「与える」ことが重要なのであって、その金額は関係がないのだ。


『アドラー心理学あなたが愛される5つの理由』ぱる出版





「与える人」の反対は、「奪う人」。

奪う人は、ちょうだい、ちょうだいと何でも欲しがる人であり、人から、物だけでなく、時間や、情報や、エネルギーを奪う。

そして、もらってばかりいて、与えることをしない。

人にストレスを与え、不平不満を口にし、相手の気持ちを冷やし、がっかりさせる人。


与えるとは、物やお金だけでなく、「ほめること」「喜ばすこと」「元気」「夢」「癒(いや)し」「愛のある優しい言葉」「笑顔」等々。

人を喜ばせ、幸せにする人だ。

だから、まわりにどんどん人が集まる。


しかし、奪う人からは、仲間は逃げていく。

一緒にいても何のメリットもないからだ。


ケチくさいことをせず、惜しみなく「与える人」でありたい。



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押忍