プロフィール

2015年10月20日火曜日

国空連 極真 空手 浜松 本部道場 師範稽古

いつもありがとうございます。(^^;;


本日、蒲郡道場のマッキーが出稽古に来てくれました!(^o^)/




お疲れ様でしたー





押忍(^^;;







空手 浜松

国空連 極真 空手 浜松 本部道場 幼少年少女部

いつもありがとうございます。(^^;;


本日の出席者です。




お疲れ様でしたー




押忍(^^;;










空手 浜松

今日の言葉 稽古

石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。

いつもありがとうございます。



「常に笑顔でいること」「身だしなみをきちんと整えておくこと」、そして「常に相手の期待より少し上を目指していくこと」

里岡美津奈(人材育成コンサルタント)
▼月刊『致知』2013年8月号P76
 

致知より



拳立て九十七回です。



今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。



押忍 石黒康之

無題

【挨拶行(あいさつぎょう)】


立花大敬氏の心に響く言葉より…


サッカー元日本代表監督の岡田武史さんの母校早稲田大学での講演記録の一節に挨拶することの意味が語られていて、「なるほど!」と思いました。

それによりますと、

「挨拶とは、僕は君という人間が僕の世界(心)に存在することを認めていますよ、許しているんですよ」

という相手に対する合図だというのです。


ということは、もし出会った人に挨拶しないということは、

「僕は君という人間が僕の世界(心)に存在することを認めていませんよ、許していませんよ」

という合図になるのですね。


だから挨拶しないということは相手に対してとても失礼にあたるし、挨拶されない人もとても腹が立つわけなのです。

AさんがBさんに挨拶しないとします。

BさんはAさんに挨拶しても全然挨拶が返ってこないものですから、次第にAさんに挨拶しなくなります。


これを先ほどの「認める、認めない」の議論を元に考えますと、Bさんは次第に「自分の世界(心)にAさんが存在することを認めなくなる、許さなくなる」ということですね。

もしAさんがクラス(学校)のすべての人に挨拶しないとすれば、ついにはクラスのすべての人が、Aさんがクラスに存在することを認めなくなる、許さなくなる、ということになってしまいます。

Aさんが困っていても無視する(無視とは「い無(な)いものと視(み)なす」ということですね)。

意見を主張しても誰も賛成、協力しない、そのような状態になってしまいます。


今度はBさんの態度を見てみましょう。

Aさんの態度に腹を立ててAさんに挨拶しないということになれば、Bさんの世界(心)のなかにAさんがいなくなります。

そのぶん、Bさんの世界(心)は狭くなったのです。


心が狭くなると「徳」が減ります。

無視する人が増えるほど「徳」はどんどん減ってしまいます。


BさんのAさんに対する態度にも未熟なところがあります。

BさんがAさんに挨拶します。

Aさんは挨拶しませんでした。

それに対して腹を立てて、もうAさんに挨拶しないとしたら、これはBさんの負けですね。


挨拶とはギブ・アンド・テイクのものなのでしょうか。

見返りを求めてしているものなのでしょうか。

そうではないのですね。


好きな人も、嫌いな人も、みんな自分の世界(心)の内側に存在することを許し、認めることができる。

挨拶はそんな器の大きな人物(徳の高い人)になるための、とてもいい練習なのです。

自分がした挨拶に反応があってもなくても、それは問題ではないのです。


すべての人を許し、認めることができる。

私がそんな大きな人物となれますようにと祈りを込めてする「挨拶行」なのです。


《挨拶が育てる「もとめない心」》


覚悟を決めよう

つらいこと、悲しいこと

厳しい呼びかけが

まだまだ続く

どんな呼びかけがやってきても

「ハイ」、「ハイ」と

答え続けよう

何万回続く苦難だとしても

無視する人、反発する人

呼びかけても、呼びかけても

返事がない

それでも呼びかけを続けよう

何万回拒否され続けたとしても


『2万人の人生を変えた23通の手紙』イースト・プレス





マザー・テレサの「あなたの中の最良のものを」という素晴らしい言葉がある。


「あなたが善を行うと

利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう

気にすることなく、善を行いなさい


目的を達しようとするとき

邪魔立てする人に出会うでしょう

気にすることなく、やり遂げなさい


善い行いをしても

おそらく次の日には忘れられるでしょう

気にすることなく、し続けなさい」(抜粋)



挨拶も、善い行いも同じで、見返りを求めてしまうなら、それは続かない。

損得やお礼を求めずに、淡々と続けるからこそ、そこに価値がある。


挨拶行の実践者でありたい。





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☆☆☆

Facebookよりシェアさせて頂きました。



押忍!

2015年10月19日月曜日

国空連 極真 空手 浜松 北道場 幼少年少女部

お疲れ様です。(^^;;


いつもありがとうございます。


本日の浜松北道場。



少し早めのハロウィンパーティーを行いました!(^o^)/




このハロウィン。


はっきり言って、私の子供時代には御座いませんでした。(;_;)笑

(勿論、本場アメリカなどにはあった訳ではありますが、
日本にはこの様な風習は皆無。

このことは30代後半?〜40代以降の皆様でしたら首を縦に振って頷いて頂ける事実だと思います。(^^;;)




そしてこのハロウィン。

我々おじさん世代以降には賛否両論あることも重々承知しております。



わしは個人的には、

このハロウィン、賛成の賛成、大賛成派なのであります!^^;




ここ4、5年の日本におけるところのハロウィンの普及率が示す様に、

これぞ我々日本人の優秀性の象徴であると、
個人的に確信しているのであります。^^;

(現在ハロウィン産業はなんでもバレンタイン産業を抜く?勢いがあるとかないとか?^^;
また、
日本でのハロウィンは安全極まりないとの事で本場の外国人がわざわざ日本までハロウィンを楽しみにやって来るのだとかないとか?^^;、
いずれも正確な情報の出処は分かりませんが、一つの情報として聞いたことがあります。)




これぞ日本神道が誇る八百万の神々のなせるワザの象徴であると、私は思うのです。


多神教で全ての神様が仲良くしてしまい、楽しくしてしまうこの日本精神。


宗教戦争など起こるであろう筈も無い日本。



なんと素晴らしい国なのでしょう!(^^;;





と、偉そうに書いてしまいましたが難しい理屈など馬鹿な私にはよく分からずある意味どうでも良いのです。(^^;;



とにかく私にはハロウィンがたのしく、あかるく、わくわくできる事だけは間違いありません!

現に子供たちも大喜びで仮装を楽しんでおりました。(^o^)/





わたし最近思うのです…


この世の中は、やはり…

基本的に…


辛く苦しいのではないのか……と、


その証拠に、

お母さんのお腹から産まれてきて初めてする事は「オギャー」と大声で苦しんで?泣くことです。


そして泣かなければ、酸素が身体に入らず死んでしまいます。



もし泣かなければ、

「まだこの世の中の辛さ苦しみは早い?から、また天国にお帰り」、

あるいは、

「あんたは、完璧だから、人間なんかやる必要ないよ、天国で暮らしたらいいよ」、

と、いうことなのかもしれませんね。笑(^^;;




やはり、どう客観視し俯瞰してみても、基本的にこの世の中は辛く苦しいことが多い。



で、あるならば、

人間だけに与えられている「意志の力」で、「心の力」で、


否が応でも、いや、絶対に、

その辛く苦しいことを、

あかるく、たのしく、前向きに、捉えていくことが必要不可欠であると思うのです。


また、それが人間が人間であるゆえんであり、
人間がするべきことであるのかもしれませんね。




高杉晋作の言葉ではありますが、


「おもしろき、こともなき世を、おもしろく。」



もうこの言葉通りであると、私は最近考えているのです。





ですから、ですから、




私はハロウィンでも、何でもたのしむわけなのであります!(^^;;笑






押忍(^^;; 石黒康之

今日の言葉 稽古

石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。

いつもありがとうございます。




世の為、

人の為になり、

ひいては自分の為になるということをやったら、

必ず成就します

ー 松下幸之助 ー




拳立て九十六回です。




今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。



押忍 石黒康之

2015年10月18日日曜日

無題

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        「成功への三段階」

    鍵山秀三郎(日本を美しくする会相談役)


     ※『致知』2015年11月号
        特集「遠慮」より
 

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人から不可能だと言われるような
常識外れのことに挑戦しようとすると、
必ずいろんな壁が立ちはだかります。

ドイツの哲学者、ショーペンハウエルは、
何事かをやり始めて成功するまでには
三段階あると言っています。


第一段階は笑い者になる、嘲笑(ちょうしょう)される。


第二段階は激しい反対、抵抗を受ける。


その過程を経て、第三段階にして
成功を遂げることができるというのです。


確かに私もそうした経験を
たくさんしてまいりました。



創業当初は、十分な労働環境を
整えることができませんでした。

それでも社員たちには、
何とか心を荒ませずに働いてほしい一心で、
せめて身の回りの環境を美しくしようと
考えて職場の掃除を始めました。

その活動はたった一人で始めたことであり、
誰に命じたものでもないのですが、
十年を過ぎた頃から一人、二人と手伝うようになり、
やがて会社の枠を超えて全国に広まり、
いまでは北京、台湾、ルーマニア、イタリアなど、
海外にまで広まっています。


ところが掃除を始めた頃には、
「そんなことしかできないのか」と
散々馬鹿にされ、嘲笑されました。

企業研究で当社を訪れたある
有名大学の先生からは
「あなたは社長を替わったほうがいいですよ」と
まで言われる始末でした。


私は、ショーペンハウエルのような
偉大な哲学者でさえ嘲笑や抵抗に遭うのであれば、
自分のような凡人がそういう目に
遭うのは当たり前だと考え、
それに耐えて今日を築いてまいりました。

いまは耐えることの大切さを深く実感しておりますし、
嘲笑や抵抗に耐えられる忍耐心が
自分に備わっていたことを、
本当に幸せに思っております。


仏教に、

「忍(にん)の徳たること、
 持戒(じかい)苦行(くぎょう)も及ぶこと
 能(あた)わざるところなり」

という教えがあります。


持戒苦行というのは、
例えば千日回峰行のようなお坊さんの
命懸けの厳しい修行のことを言いますが、
日々体験するいろんなことを我慢する、
耐えるということは、そうした宗教的な苦行も
及ばないくらいに尊い修行であるということです。


☆☆☆


致知より




押忍 石黒康之