プロフィール

2019年10月1日火曜日

少年部と試合

以下、山田雅稔師範のブログよりシェアさせていただきました。

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昨日は城西支部の内部試合でした。  午前中が型で、午後がセミコンです。  午後の閉会式で話した内容について、改めて補足解説します。

『①極真会館では現在、(1)大山倍達総裁が創られた直接打撃制のフルコンタクトルール組手、(2)十数年前から実施している型、(3)昨年から実施している顔面寸止めありのセミコンタクトルール組手の3形式の試合競技を行っています。

②空手の流派によっては試合競技を行わず、実戦を想定した生涯武道としての修行を行うところもあります。

③試合を行うことには、(1)試合を目指すことがモチベーション(動機)となって稽古に打ち込むことができる、(2)試合の緊張感や恐怖感を体験することによって性格の強化につながる、(3)試合の結果によって自分の実力が良くも悪くも明確になる、(4)試合に勝つことによって達成感や感動を体験することができる、(5)試合に共に参加する選手との共感を通じて多くの仲間を作ることができる、などのメリットがあります。

④昨日の試合でも勝って喜ぶ姿や、負けて悔し涙にくれる姿を目にしました。  その喜びも、その悔しさも、明日からの稽古のモチベーションにすれば、より一層稽古が充実したものになるはずです。

⑤ただ、私が危惧するのは、ご父兄や指導者などの関係者が試合の勝ち負けにこだわるあまり、勝った選手を持ち上げすぎたり、負けた選手に対して必要以上に叱咤激励することです。

⑥私が極真会館総本部道場に入門したのは、1971年高校3年生のときでした。  その頃は少年部は極めて少なく、多くは地方の高校を卒業後上京して入門する一般部でした。  そして、その延長線上に全日本大会があります。  トップ選手でも空手歴は数年でした。

⑦現在は少年部が充実し、城西でもそうですが選手のほとんどは少年部から稽古を始めています。  ですから、鎌田翔平みたいに空手歴26年というようになるわけです。

⑧幼年部・少年部については、今の試合結果に一喜一憂することなく、将来成人したときに全日本選手となることを目ざして、長期計画で空手に取り組むというのが、私の理想です。

⑨7月7日のブログ(タイトルは「一万時間の訓練」)、7月21日のブログ(タイトルは「継続 ひたすら継続」)でも書きましたが、最低でも10年間は空手を稽古してもらいたいと思っています。  もし仮に、将来全日本選手を目指さなかったとしても、少年時代に極真空手を10年続けたとしたら、その子が成人した後の人生において計り知れない自信になるはずです。

⑩「10年間の稽古」を前提とすれば、目先の試合の勝ち負けにこだわり過ぎるのはナンセンスです。  逆にそのことによって、好きだった空手を嫌いにさせてしまうことは、我々指導者も含め、最もやってはいけないことです。  ご父兄の皆様にも、何卒ご理解をいただきたいと思います。

⑪試合に参加したからといって必ず「勝てる」わけではありませんが、参加したことによって必ず「成長」はします。

⑫指導者やご父兄には、負けたとしてもどこか成長したところを見つけて、1つでもいいから誉めてあげてもらいたいと思います。   堂々と試合していた、最後まで諦めずに頑張った、大きな気合いを出していた、などどんな小さなことでもかまいません。  そのことが、悔し涙にくれている選手に、勇気とエネルギーを与えるはずです。』

7月21日のブログでも紹介しましたが、極真空手の創始者である大山総裁も、晩年「石上10年」とよくサインされていました。  この年になって振り返ると、物事は大体10年単位のスケジュールで進んでいくな~、というのがわかります(笑)

今回は、私自身への自戒も込めて書いてみました。

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山田雅稔師範ブログよりシェアさせていただきました。

 

押忍



極真空手 浜松大蒲道場 幼少年少女部

押忍

極真空手 浜松大蒲道場 師範稽古

押忍

【意地悪する人がいたら】

斎藤一人さんの心に響く言葉より…

神様から問題が与えられたときはね、どんな理由でもいいから、それに挑戦しようって思えたらそれでいいんです。

だから、最初は「この修行をやりきったら、神様からすごいごほうびがもらえるぞ」って下心があってもかまいません。

そう思ったほうが行動しやすいんだったら、そうすればいい。

行動することが大事だから、それに結び付くことだったら何でもいいんだよね。

ごほうびがもらえると思えば行動しやすいとか、前世に自分がやったからしょうがないと思ったほうが行動しやすいとか、人それぞれやり方ってあるよね。

1万人いれば、方法は1万通りあるんです。

一人さんだったらどうするんですかっていえば、もし私に意地悪をするやつがいたら、ひどい目に遭わせて終わりだね(笑)。

どういうふうにひどい目に遭わせるかっていうと、悪口を言ってくるんだとしたら、「そういうこと言うのはやめな。自分にもよくないよ」って言う。

何だそれだけかっていえば、その程度のことでじゅうぶんなんだよ。

言うべきことを伝えたら、それ以上しなくていいの。

悪口を言う人に、「聞いてる私も気分悪いけど、あんたも運勢悪くなるから止めな」とか真っ当なことを教えてあげればいいだけ。

相手のためを思って注意することはできるんだよね。

あるいは、悪口を聞きたくなければ、自分がその場から離れちゃうのもいい方法だしね。

距離を置いたり、そういう人と口をきかなくなったりしてもかまいません。

とにかくやり方はいくらでもあるから、自分に向いていることをやるといいよ。

でね、相手と距離を置きたいときに、急に連絡を断ったりすると角が立つから難しいって言うんだよね。

上手な距離の置き方があるんですかって聞いてくる人もいる。

あのね、何かやるときに「角を立てちゃいけない」とかって言うけど、何かをやるときは、角なんか立てまくりだよ(笑)。

そうしなきゃ何もできない。

嫌なことをされているのに、それでも角を立てなかったら相手にはわかりゃしないよ。

そういうときは、角なんか立てまくるしかないんです。

だって、嫌いな人にまでいい人と思われたいと思っていること自体、間違いなんだよね。

いい人に好かれるんだったらいいけど、あなたに嫌なことをする人に、いい人と思われたってしょうがないでしょ?

そもそも、角を立てないように一生懸命やってるから、うまくいかないんだよね。

むしろハッキリ嫌だって言ったほうが、嫌な関係はすぐに終わるものだよ。

あとね、「今度何か言われたら、言い返してやるぞ」なんて思っていると、その気迫って相手に伝わるものだから、案外、嫌なことを言われなくなります。

意地悪されるってね、嫌なことを言われたらどうしようって不安に思っているから、本当に嫌なことを言われちゃうの。

困ったことが起きるような波動を出しているから、その通りのことが起きるようになってるんだよ。

反対に、意地悪をされても困らないと思っていれば、不思議と困るようなことは起きないものです。

だから、「こいつ、早く嫌なこと言わないかな」とか思ってるくらいでちょうどいいんだよ(笑)。

『斎藤一人 俺の人生』マキノ出版

斎藤一人さんは、もし自分の子どもが学校でいじめにあったら、親は死に物狂いで子供を守らなければいけないという。

例えば、学校について行って、子どもがいじめられないように見張るとか、担任の先生や校長先生に必死で掛け合うとか。

そして、そのことでもし、騒ぎが大きくなってもいいのだ、という。

ほとんどの人は、人がいい。

だから、騒ぎを大きくせずに穏便に解決しようとする。

しかし、それでは、いじめられている当事者の死ぬほどの苦しみや切迫感が伝わらないからだ。

これは、会うたびにジンマシンが出るほど嫌な人に対する対応も同じ。

角を立てずに、穏便にすまそうとニコニコと優しく話していては、相手に自分の気持ちは伝わらない。

かえって、相手は「これくらいしたって大丈夫なんだ」と思い図に乗るだけだ。

人が良い人は、悪に対しては、倍のパワーで立ち向かうくらいでないと、問題は解決はしない。

意地悪する人がいたら…

たとえ角が立ったとしても、「嫌だ」という意思を伝えることが大事。

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押忍

本気

ハロウィン

明日から10月、
ハロウィンに向けて準備に余念がないチビさん2人組(^^)

まあ、よしとします!笑

押忍^_^