【 大事なのは その後... 】
失敗してもめげない
何度失敗しても良い
必ず成功するから
失敗を恐れちゃいけない
倒れるときは
堂々と倒れればいい
大事なのは その後なのだ
「 どう 」
立ち上がるかなのだ
人間 倒れずにして
「 何 」がわかる
少なくても
倒れた経験をもたぬ人間に
倒れた人間の気持がわかるか
より肝心なのは
全力で生きること
身も心も惜しまず
「 力 」を出し切ること
そういう
全力疾走者は必ず転ぶ
そうしたら
立ち上がればいい
また 倒れたら
再び立ち上がればいい
倒れる度に強くなり
立ち上がる度に賢くなり
大きくなり
成熟していけばいい
倒れることを
怖れる人間に何ができる
「 ことば探しさんより転載 」
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押忍!
2018年5月6日日曜日
子供は宝(子宝) 少子高齢化に向けて己の出来ることをよう淡々としていく
【日本の少子化はここまで深刻】
ジャーナリスト、河合雅司氏の心に響く言葉より…
なぜ、日本の少子化はここまで深刻な状況になってしまったのであろうか。
2017年の年間出生数は94万人ほどにとどまり、2年連続での100万人割れという危機的状況にある。
戦後のベビーブーム期には270万人近くに及んでいたことを考えれば、わずか70年ほどで3分の1になった計算だ。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計によれば、このままで推移すれば2115年の出生数は31万8000人ほどに減るという。
こんなハイペースで減ったのでは、日本人はやがて絶滅のときを迎えよう。
それにしても日本の少子化は異常だ。
一般的に、文明が成熟すると少子化は進む。
経済が発展して多くの人が豊かになると死亡率が下がり、同時に出生率も低下する傾向がみられるのだ。
だが、少子化が文明の成熟だけで起こるのならば、先進国はおしなべて少子化に直面していなければいけないはずだ。
だが、調べてみると、そんなことはないのである。
2010年を「100」とした場合、50年後の2060年には、先進各国の総人口がどうなっているかを、社人研が予測している。
人口が減るのは日本、ドイツ、韓国だけである。
中でももっとも減少幅が大きいのが日本の67.7だ。
韓国は89.9で、ドイツは79.1だ。
日本の突出ぶりが分かるだろう。
それ以外の国はどうなっているのか。
アメリカは142.1と今より40%も増加が見込まれているし、オーストラリアは163.1と大幅な増加が予測されている。
伸び率こそ少ないが、イギリスが131.4、フランス116.8である。
イタリアは102.8とほぼ横ばいと予測されている。
同じ先進国でもこれだけの違いがあるわけだ。
なぜ人々は鈍感だったのだろうか。
少子化の影響というのは、変化が乏しいことに原因がある。
「きのう」と「きょう」で違いを見つけることなど不可能であろう。
いまだ呑気な人は少なくない。
国会議員や首長からしてそうだ。
この期に及んでも「少子化に歯止めをかけます」と威勢のいい公約を掲げている。
残念ながら日本の少子化は止まらない。
なぜならば、過去の少子化で子どもを産める年齢の女性が減り行くことが決まってしまっているからだ。
今、我々がやりうることといえば、少子化に歯止めをかけるというスローガンを掲げることではなく、少子化のスピードを緩めるためにあらゆる手立てを講じることである。
そして、少子化を前提とし、それに耐えうる社会へと土台から作り直すことだ。
こうした地道な努力を続ける中で、いずれ出生数が本格的に回復する時期が到来するのをじっと待つしかない。
『未来の呪縛』中公新書ラクレ
河合氏は本書の中で少子化に歯止めをかける10の提言をおこなっている。
1.高校同級生ボランティアチームの結成 2.お見合いの普及 3.「未来の人生年表」をつくる 4.20代対象の「母親応援手当」の創設 5.第3子以上に1000万円給付 6.「父親休暇」制度の導入 7.子育て世帯の全国転勤凍結 8.「全母親支援センター」の全国展開 9.「育児保険」の新設 10.ゼロ歳に選挙の投票権を付与 【番外】社会保障費循環精度の導入
10のゼロ歳に選挙の投票権を付与とは、米国の学者、ポール・ドメイン氏が提唱しているものだという。
子どもたち「1票」を与えるといっても、直接投票させるわけではなく、保護者が代理人となり、子育てにプラスになるような政策を掲げている候補者に投票をできるようにするということ。
「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに 勝(まさ)れる宝(たから)子に及(し)かめやも」
万葉集にある、山上憶良(やまのうへのおくら)の歌だ。
1000年以上も前より、ずっと子供は宝だった。
少子化に歯止めがかかることを切に願いたい。
■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
http://www.facebook.com/hitonokokoro
■【人の心に灯をともす】のブログはこちら
http://ameblo.jp/hiroo117/
ジャーナリスト、河合雅司氏の心に響く言葉より…
なぜ、日本の少子化はここまで深刻な状況になってしまったのであろうか。
2017年の年間出生数は94万人ほどにとどまり、2年連続での100万人割れという危機的状況にある。
戦後のベビーブーム期には270万人近くに及んでいたことを考えれば、わずか70年ほどで3分の1になった計算だ。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の推計によれば、このままで推移すれば2115年の出生数は31万8000人ほどに減るという。
こんなハイペースで減ったのでは、日本人はやがて絶滅のときを迎えよう。
それにしても日本の少子化は異常だ。
一般的に、文明が成熟すると少子化は進む。
経済が発展して多くの人が豊かになると死亡率が下がり、同時に出生率も低下する傾向がみられるのだ。
だが、少子化が文明の成熟だけで起こるのならば、先進国はおしなべて少子化に直面していなければいけないはずだ。
だが、調べてみると、そんなことはないのである。
2010年を「100」とした場合、50年後の2060年には、先進各国の総人口がどうなっているかを、社人研が予測している。
人口が減るのは日本、ドイツ、韓国だけである。
中でももっとも減少幅が大きいのが日本の67.7だ。
韓国は89.9で、ドイツは79.1だ。
日本の突出ぶりが分かるだろう。
それ以外の国はどうなっているのか。
アメリカは142.1と今より40%も増加が見込まれているし、オーストラリアは163.1と大幅な増加が予測されている。
伸び率こそ少ないが、イギリスが131.4、フランス116.8である。
イタリアは102.8とほぼ横ばいと予測されている。
同じ先進国でもこれだけの違いがあるわけだ。
なぜ人々は鈍感だったのだろうか。
少子化の影響というのは、変化が乏しいことに原因がある。
「きのう」と「きょう」で違いを見つけることなど不可能であろう。
いまだ呑気な人は少なくない。
国会議員や首長からしてそうだ。
この期に及んでも「少子化に歯止めをかけます」と威勢のいい公約を掲げている。
残念ながら日本の少子化は止まらない。
なぜならば、過去の少子化で子どもを産める年齢の女性が減り行くことが決まってしまっているからだ。
今、我々がやりうることといえば、少子化に歯止めをかけるというスローガンを掲げることではなく、少子化のスピードを緩めるためにあらゆる手立てを講じることである。
そして、少子化を前提とし、それに耐えうる社会へと土台から作り直すことだ。
こうした地道な努力を続ける中で、いずれ出生数が本格的に回復する時期が到来するのをじっと待つしかない。
『未来の呪縛』中公新書ラクレ
河合氏は本書の中で少子化に歯止めをかける10の提言をおこなっている。
1.高校同級生ボランティアチームの結成 2.お見合いの普及 3.「未来の人生年表」をつくる 4.20代対象の「母親応援手当」の創設 5.第3子以上に1000万円給付 6.「父親休暇」制度の導入 7.子育て世帯の全国転勤凍結 8.「全母親支援センター」の全国展開 9.「育児保険」の新設 10.ゼロ歳に選挙の投票権を付与 【番外】社会保障費循環精度の導入
10のゼロ歳に選挙の投票権を付与とは、米国の学者、ポール・ドメイン氏が提唱しているものだという。
子どもたち「1票」を与えるといっても、直接投票させるわけではなく、保護者が代理人となり、子育てにプラスになるような政策を掲げている候補者に投票をできるようにするということ。
「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむに 勝(まさ)れる宝(たから)子に及(し)かめやも」
万葉集にある、山上憶良(やまのうへのおくら)の歌だ。
1000年以上も前より、ずっと子供は宝だった。
少子化に歯止めがかかることを切に願いたい。
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押忍!
あきらめない、あきらめない、あきらめない、
彼は片田舎の丸太小屋で生まれた。
学校は貧しさのために断続せざるを得なかった。
彼が正規の教育を受けたのは、
合計しても一年に満たない。
二十代になって事業を起こす。
だが、失敗した。
その上、恋人の死という悲運に見舞われ、
自身は神経衰弱を患う。
その中でも彼は独学し続けた。
そして二十七歳の時、弁護士の資格を取得する。
労働に明け暮れた経験。
弁護士活動で得た見聞。
それが止みがたい夢と激しい志を育み、
彼を政治へ駆り立てた。
だが、なだらかな道ではなかった。
三十代では下院議員選挙に二度、
四十代でも上院議員選挙に二度、落選した。
四十七歳の時、副大統領選に立候補したが、
これも落選した。
しかし、彼は逃げなかった。
夢と志が逃げることを許さなかった。
そして大統領の座を射止めたのは五十一歳の時だった。
彼は南北戦争を戦い抜き、奴隷解放という新しい歴史を切り開いた。
彼の名はアメリカ第十六代大統領
エイブラハム・リンカーンである。
十八世紀から十九世紀にかけ、
世界に重くのしかかる難問があった。
梅毒の跳梁である。決定的な解決策を見い出せず、
密かに人類の滅亡さえ予感された。
曙光が射したのは二十世紀に入ってだった。
一九一〇年、梅毒の化学療法剤
サルバルサンが発明されたのだ。
発明者はコッホ研究所の研究者パウロ・エールリッヒである。
このサルバルサンは別名六百六号と呼ばれる。
ヒ素化合物の試作品を次々と作って、
六百六番目に初めて得られた目的を達する
薬だったからである。
つまり、エールリッヒは六百五回失敗を繰り返し、
その数だけ失望と苦悩を味わったのである。
研究にとって最も大事なものは何かと問われ、
エールリッヒはこう答えた。
「忍耐」。
時代の古今、洋の東西、分野の差異を問わず、
新しい歴史を切り開いた人たちがいる。
それらの人たちに共通する条件を一つだけ挙げれば、
こう言えるのではないか。
困難から逃げなかった人たち、
困難をくぐり抜けてきた人たち だと。
新しい時代に適った夢と志を実現する。
「歴史創新」とはこのことである。
そして、夢と志を実現しようとする者に、
天は課題として困難を与え、試すのではないか。
松下幸之助の言葉が聞こえる。
「百遍倒れたら百遍立ち上がれ。
万策尽きたと言うな。策は必ずある」
困難から決して逃げない――私たちの歴史も
そこから開けてくるのだと肝に銘じたいものである。
『心に響く小さな5つの物語』第2巻より
━━━━━━━━━━━━━━
『心に響く小さな5つの物語』
(藤尾秀昭・文/片岡鶴太郎・画)。
学校は貧しさのために断続せざるを得なかった。
彼が正規の教育を受けたのは、
合計しても一年に満たない。
二十代になって事業を起こす。
だが、失敗した。
その上、恋人の死という悲運に見舞われ、
自身は神経衰弱を患う。
その中でも彼は独学し続けた。
そして二十七歳の時、弁護士の資格を取得する。
労働に明け暮れた経験。
弁護士活動で得た見聞。
それが止みがたい夢と激しい志を育み、
彼を政治へ駆り立てた。
だが、なだらかな道ではなかった。
三十代では下院議員選挙に二度、
四十代でも上院議員選挙に二度、落選した。
四十七歳の時、副大統領選に立候補したが、
これも落選した。
しかし、彼は逃げなかった。
夢と志が逃げることを許さなかった。
そして大統領の座を射止めたのは五十一歳の時だった。
彼は南北戦争を戦い抜き、奴隷解放という新しい歴史を切り開いた。
彼の名はアメリカ第十六代大統領
エイブラハム・リンカーンである。
十八世紀から十九世紀にかけ、
世界に重くのしかかる難問があった。
梅毒の跳梁である。決定的な解決策を見い出せず、
密かに人類の滅亡さえ予感された。
曙光が射したのは二十世紀に入ってだった。
一九一〇年、梅毒の化学療法剤
サルバルサンが発明されたのだ。
発明者はコッホ研究所の研究者パウロ・エールリッヒである。
このサルバルサンは別名六百六号と呼ばれる。
ヒ素化合物の試作品を次々と作って、
六百六番目に初めて得られた目的を達する
薬だったからである。
つまり、エールリッヒは六百五回失敗を繰り返し、
その数だけ失望と苦悩を味わったのである。
研究にとって最も大事なものは何かと問われ、
エールリッヒはこう答えた。
「忍耐」。
時代の古今、洋の東西、分野の差異を問わず、
新しい歴史を切り開いた人たちがいる。
それらの人たちに共通する条件を一つだけ挙げれば、
こう言えるのではないか。
困難から逃げなかった人たち、
困難をくぐり抜けてきた人たち だと。
新しい時代に適った夢と志を実現する。
「歴史創新」とはこのことである。
そして、夢と志を実現しようとする者に、
天は課題として困難を与え、試すのではないか。
松下幸之助の言葉が聞こえる。
「百遍倒れたら百遍立ち上がれ。
万策尽きたと言うな。策は必ずある」
困難から決して逃げない――私たちの歴史も
そこから開けてくるのだと肝に銘じたいものである。
『心に響く小さな5つの物語』第2巻より
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『心に響く小さな5つの物語』
(藤尾秀昭・文/片岡鶴太郎・画)。
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インターナショナル(グローバル)であるために真のナショナリズムを持つ
【パスポート】
金美齢氏の心に響く言葉より…
私は2009年秋に、日本国籍を取得した。
この理由については、さんざんあちこちで語っているが、2008年の台湾総統選の民進党敗北がきっかけであった。
日本人として日本のパスポートを持った瞬間、私は国際社会に歓迎されるようになった。
日本のパスポートで渡航できる195ヵ国のうち、事前にビザ申請が必要な国はせいぜい60ヵ国あまり、つまり130ヵ国以上を事前のビザ申請なしで訪れることができる。
たとえ事前ビザ申請が必要だとしても、日本パスポート所持者に対する事前審査はさほど厳しくない。
パスポートコントロールを通過するさいも、日本パスポート所持者に対する各国のオフィサーの態度は心なしか丁寧で親しみにあふれている。
税関の荷物検査も、心なしか緩やかだ。
パスポート無し時代、中華民国パスポート時代を知っているだけに、私には日本パスポートは魔法のパスポート、パスポートにミシュランガイドがあるならば、三ツ星どころか五ツ星のパスポートに思えた。
これは、日本のもつ国際社会に対する国家イメージが極めて良好だからである。
先人たちが積み重ねてきた功績でもある。
日本人はそういう日本をもっと誇りに思うべきだろう。
私が無性に腹のたつことがあるとすれば、それは日本人なのに、国家を否定し、国旗や国歌を侮辱しながら、日本のパスポートで平然と海外に行き、日本国政府に身元を保証されていることが当然だと思っている人たちがいることである。
国家の庇護を受けながら、その国を否定するその手の人々は「私は世界市民、コスモポリタンだ」とうそぶき、国境があるから争いがあるのだ、とわけのわからない理想を掲げる。
しかし、国際社会というのは国家の集合体である。
いずれの国家にも属さない人間が国際社会に受け入れられるはずがない。
他国の侵略を受け、伝統的文化をないがしろにされ母語も定まぬ悲哀を一度も経験したことのない若い日本人が、「ほとんどの人は国を守るのは何となく当たり前だと思っている(と思う)。だけど本当にそうなのか?」といった疑問を本気で、訴えているのを聞くと、この国の未来に不安を感じてしかたがない。
もちろん、国家が国民の敵という国もあるだろう。
もし日本が本当にそのような国民の自由と基本的人権を弾圧するような圧政の国だと考え、本気で国家と闘うつもりであるなら、一度、そのパスポートを引き裂いて捨ててみるといい。
かつて中華民国の蒋介石独裁政権と闘っていた私が中華民国パスポートを引き裂いて捨てたように。
その覚悟もない人間が、国家に守られながら国家を否定する姿は、台湾人に生れた悲哀を知る人間からみれば、滑稽を超えて哀れを催す無知である。
『九十歳美しく生きる』WAC
豊かさにどっぷりつかり、与えられている幸せが当たり前となってしまうと、感謝がなくなる。
それは、この時代、この瞬間に日本に生れたという幸せ。
もし仮に、紛争地域や、独裁国家に生まれたとしたら、この日本がどれだけ天国のような国かわかる。
戦闘や爆撃あるいは投獄や拷問の恐怖にさらされない幸せ。
批判・非難や文句ばかり言う人間は、今ある幸せに気づいていない。
自分だけ安全なところにいて、相手を罵倒する人間の品性は卑(いや)しい。
今与えられている幸せに感謝できる人間でありたい。
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金美齢氏の心に響く言葉より…
私は2009年秋に、日本国籍を取得した。
この理由については、さんざんあちこちで語っているが、2008年の台湾総統選の民進党敗北がきっかけであった。
日本人として日本のパスポートを持った瞬間、私は国際社会に歓迎されるようになった。
日本のパスポートで渡航できる195ヵ国のうち、事前にビザ申請が必要な国はせいぜい60ヵ国あまり、つまり130ヵ国以上を事前のビザ申請なしで訪れることができる。
たとえ事前ビザ申請が必要だとしても、日本パスポート所持者に対する事前審査はさほど厳しくない。
パスポートコントロールを通過するさいも、日本パスポート所持者に対する各国のオフィサーの態度は心なしか丁寧で親しみにあふれている。
税関の荷物検査も、心なしか緩やかだ。
パスポート無し時代、中華民国パスポート時代を知っているだけに、私には日本パスポートは魔法のパスポート、パスポートにミシュランガイドがあるならば、三ツ星どころか五ツ星のパスポートに思えた。
これは、日本のもつ国際社会に対する国家イメージが極めて良好だからである。
先人たちが積み重ねてきた功績でもある。
日本人はそういう日本をもっと誇りに思うべきだろう。
私が無性に腹のたつことがあるとすれば、それは日本人なのに、国家を否定し、国旗や国歌を侮辱しながら、日本のパスポートで平然と海外に行き、日本国政府に身元を保証されていることが当然だと思っている人たちがいることである。
国家の庇護を受けながら、その国を否定するその手の人々は「私は世界市民、コスモポリタンだ」とうそぶき、国境があるから争いがあるのだ、とわけのわからない理想を掲げる。
しかし、国際社会というのは国家の集合体である。
いずれの国家にも属さない人間が国際社会に受け入れられるはずがない。
他国の侵略を受け、伝統的文化をないがしろにされ母語も定まぬ悲哀を一度も経験したことのない若い日本人が、「ほとんどの人は国を守るのは何となく当たり前だと思っている(と思う)。だけど本当にそうなのか?」といった疑問を本気で、訴えているのを聞くと、この国の未来に不安を感じてしかたがない。
もちろん、国家が国民の敵という国もあるだろう。
もし日本が本当にそのような国民の自由と基本的人権を弾圧するような圧政の国だと考え、本気で国家と闘うつもりであるなら、一度、そのパスポートを引き裂いて捨ててみるといい。
かつて中華民国の蒋介石独裁政権と闘っていた私が中華民国パスポートを引き裂いて捨てたように。
その覚悟もない人間が、国家に守られながら国家を否定する姿は、台湾人に生れた悲哀を知る人間からみれば、滑稽を超えて哀れを催す無知である。
『九十歳美しく生きる』WAC
豊かさにどっぷりつかり、与えられている幸せが当たり前となってしまうと、感謝がなくなる。
それは、この時代、この瞬間に日本に生れたという幸せ。
もし仮に、紛争地域や、独裁国家に生まれたとしたら、この日本がどれだけ天国のような国かわかる。
戦闘や爆撃あるいは投獄や拷問の恐怖にさらされない幸せ。
批判・非難や文句ばかり言う人間は、今ある幸せに気づいていない。
自分だけ安全なところにいて、相手を罵倒する人間の品性は卑(いや)しい。
今与えられている幸せに感謝できる人間でありたい。
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今日の言葉 稽古
家庭は習慣の学校であり、
父母は習慣の教師である。
しかもこの習慣の学校は、
教育を行う学校よりもはるかに力があり、
極めて大きな効果を与える。
━━━━━━━━━━━━━━
福沢諭吉(啓蒙思想家)
月刊『致知』6月号「父と子」【最新号】より
拳立て八十三回です。
押忍 石黒康之
父母は習慣の教師である。
しかもこの習慣の学校は、
教育を行う学校よりもはるかに力があり、
極めて大きな効果を与える。
━━━━━━━━━━━━━━
福沢諭吉(啓蒙思想家)
月刊『致知』6月号「父と子」【最新号】より
拳立て八十三回です。
押忍 石黒康之
絶望の捉え方
禅の研究と著述に九十六年の生涯を傾注された
鈴木大拙博士が、こういう言葉を残されている。
「人間は偉くならなくとも一個の正直な人間となって
信用できるものになれば、それでけっこうだ。
真っ黒になって黙々として一日働き、時期が来れば
"さよなら"で消えていく。
このような人を偉い人と自分はいいたい」
平明、しかし深遠な一つの幸福論である。
幸福論の言葉で真っ先に思い出す人に、
作家の故三浦綾子さんがいる。
三浦さんの人生は難病の連続だった。
二十四歳で突然高熱に倒れたのが発端である。
それがその後、十三年に及ぶ肺結核との
闘病の始まりだった。
当時、肺結核は死に至る病だった。
入退院の繰り返しの中で、
三浦さんは自殺未遂も起こしている。
さらに悲惨が重なる。
脊椎カリエスを併発。
ギプスベッドに固定され、
動かせるのは首だけで寝返りもできず、
来る日も来る日も天井を目にするのみ。
排泄も一人ではできず、
すべての世話はお母さんがした。
そんな生活が四年も続いたとは想像を超える。
そこに一人の男性が現れて結婚を申し込む。
光世さんである。
その日から薄皮を剥ぐように快方に向かい、
二人は結婚する。
綾子さん三十七歳、光世さん三十五歳だった。
そして綾子さんの書いた小説『氷点』が
新聞社の懸賞小説に当選、作家への道が開ける。
しかし、その後も病魔はこの人を襲い続けた。
紫斑病。喉頭がん。
三大痛い病といわれる帯状疱疹が
顔に斜めに発症、鼻がつぶれる。
それが治ったと思ったら大腸がん。
そしてパーキンソン病。
この二つを併発している時に、
初めてお会いしたのだった。
次々と襲いかかる難病。それだけで絶望し、
人生を呪っても不思議はない。
だが三浦さんは常に明るく、
ユーモアに溢れていた。
「これだけ難病に押しかけられたら、
普通の人なら精神的に参ってしまいますね」
という質問に三浦さんは笑顔で答えた。
「神様が何か思し召しがあって
私を病気にしたんだと思っています。
神様にひいきにされていると思うこともあります。
特別に目をかけられ、特別に任務を与えられたと……。
いい気なもんですねえ(笑)」
誰の人生にも絶望的な状況はある。
だが、心が受け入れない限り、絶望はない。
同様に、誰の人生にも不幸な状況はある。
しかし、心が受け入れない限り、不幸はない。
三浦さんの生き方はそのことを
教えてくれているように思う。
その三浦さんがこんな言葉を残している。
「九つまで満ち足りていて、
十のうち一つだけしか不満がない時でさえ、
人間はまずその不満を真っ先に口から出し、
文句をいいつづけるものなのだ。
自分を顧みてつくづくそう思う。
なぜわたしたちは不満を後まわしにし、
感謝すべきことを先に言わないのだろう」
『心に響く小さな5つの物語』第2巻より
━━━━━━━━━━━━━━
『心に響く小さな5つの物語』
(藤尾秀昭・文/片岡鶴太郎・画)。
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