2015年9月24日木曜日
今日の言葉 稽古
石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。
いつもありがとうございます。
■■□———————————————————□■■
「江戸の庶民に学ぶ日本人の生き方」
月尾嘉男(東京大学名誉教授)
&
渡辺京二(評論家)
※『致知』2015年10月号
特集「先哲遺訓」より
□□■———————————————————■□□
【月尾】
日本人が失った美質の例として、
渡辺先生は自立ということを挙げられました。
江戸時代の人たちは自分たちのことは
自分たちでやるのが誇りだったというお話でした。
その意味でいえば、
現在の政府は国民を過保護にしているように思います。
国民も何かにつけて補助金を求めようとする。
これを拒否するだけの気概を日本人自体が持たないと、
限りなく堕落してしまうと心配しています。
【渡辺】
江戸時代には当然、
ダークサイドなしんどい面はあるんです。
一つの家屋に三世代、四世代が同居していたら、
これはやっていくのが大変ですよ。
そこに人々の知恵や気配りがきちんと働いていたから、
うまく機能していったし、
自立した社会であり得たわけです。
これを個人主義的な教育しか
受けていない連中ばかりだったらもう悲劇です。
それこそ殺人事件に発展しかねない。
もちろん、日本が近代化する段階で
自由を手にしたことは大いに評価すべきでしょうが、
一方で個人主義が蔓延ってしまって、
かつて美徳とされていた家族や社会との
繋がりという意味ではバラバラの状態です。
月尾先生がおっしゃるように、
ろくに働きもしないで貰うものだけ
貰おうという人も増えてきた。
【月尾】
そのとおりですね。
【渡辺】
その点、江戸の人たちは労働に対しても
自主性を持っていました。
これは動物学者のモースが感心していることですが、
彼らは辛い労働をしながら
皆で楽しそうに歌を歌っている、と。
土を固めたり材木を運んだり
という労働をただ耐えるのではなく、
それを遊びと同じと捉えるところに
自主性を確保しているわけです。
それに、僕が社会の雰囲気という意味で
江戸時代が何よりもいいと思うのは、
お互いにわだかまりがない、他人を警戒しないことです。
他人とすぐに打ち解けて信用する。
そういうわだかまりのなさが、
いまの日本に根づくといいと思うんですけどね。
でも、それは何気ないことなわけでしょう?
デパートに入ろうとして後ろにお婆ちゃんがいたら、
ドアを閉めずに待ってあげるというように、
一人ひとりの些細な心掛けでできることです。
【月尾】
かつての日本社会には、
そういう相互扶助の精神が根づいていたから、
自分たちの地域は自分たちで
維持するという意識も強かったと思います。
※
———————————————————─────
致知より
拳立て七十一回です。
今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。
押忍 石黒康之
いつもありがとうございます。
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「江戸の庶民に学ぶ日本人の生き方」
月尾嘉男(東京大学名誉教授)
&
渡辺京二(評論家)
※『致知』2015年10月号
特集「先哲遺訓」より
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【月尾】
日本人が失った美質の例として、
渡辺先生は自立ということを挙げられました。
江戸時代の人たちは自分たちのことは
自分たちでやるのが誇りだったというお話でした。
その意味でいえば、
現在の政府は国民を過保護にしているように思います。
国民も何かにつけて補助金を求めようとする。
これを拒否するだけの気概を日本人自体が持たないと、
限りなく堕落してしまうと心配しています。
【渡辺】
江戸時代には当然、
ダークサイドなしんどい面はあるんです。
一つの家屋に三世代、四世代が同居していたら、
これはやっていくのが大変ですよ。
そこに人々の知恵や気配りがきちんと働いていたから、
うまく機能していったし、
自立した社会であり得たわけです。
これを個人主義的な教育しか
受けていない連中ばかりだったらもう悲劇です。
それこそ殺人事件に発展しかねない。
もちろん、日本が近代化する段階で
自由を手にしたことは大いに評価すべきでしょうが、
一方で個人主義が蔓延ってしまって、
かつて美徳とされていた家族や社会との
繋がりという意味ではバラバラの状態です。
月尾先生がおっしゃるように、
ろくに働きもしないで貰うものだけ
貰おうという人も増えてきた。
【月尾】
そのとおりですね。
【渡辺】
その点、江戸の人たちは労働に対しても
自主性を持っていました。
これは動物学者のモースが感心していることですが、
彼らは辛い労働をしながら
皆で楽しそうに歌を歌っている、と。
土を固めたり材木を運んだり
という労働をただ耐えるのではなく、
それを遊びと同じと捉えるところに
自主性を確保しているわけです。
それに、僕が社会の雰囲気という意味で
江戸時代が何よりもいいと思うのは、
お互いにわだかまりがない、他人を警戒しないことです。
他人とすぐに打ち解けて信用する。
そういうわだかまりのなさが、
いまの日本に根づくといいと思うんですけどね。
でも、それは何気ないことなわけでしょう?
デパートに入ろうとして後ろにお婆ちゃんがいたら、
ドアを閉めずに待ってあげるというように、
一人ひとりの些細な心掛けでできることです。
【月尾】
かつての日本社会には、
そういう相互扶助の精神が根づいていたから、
自分たちの地域は自分たちで
維持するという意識も強かったと思います。
※
———————————————————─────
致知より
拳立て七十一回です。
今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。
押忍 石黒康之
2015年9月23日水曜日
今日の言葉3
本日、三つ目の今日の言葉となります。
どうか宜しくお願い致します。
「森信三先生 珠玉の名言」
□□■———————————————————■□□
多少能力は劣っていても、
真剣な人間の方が
最後の勝利者となる
幸せというのは、単に自分の欲望が
充満されることじゃない。
まず、自分のなすべき勤めに対して、
常に全力を挙げて、それに取り組むこと。
第二に、常に積極的に物事を工夫して
それを見事に仕上げること。
そして、人に対して親切にし、
人のために尽くす——
これが、幸福獲得の三大秘訣でしょう
われわれの人生は一回限りのもので、
絶対に繰り返しのきかないものです。
それだけにわれわれはそれぞれが
人生の決勝点に達するまでは
「一日一日を真に充実して生きねばならぬ」
と思いますね。
人間は、進歩か退歩の何(いず)れかであって、
その中間はない。現状維持と思うのは、
じつは退歩している証拠である
読書というのは、いわばその人が
これまで経験してきた人生体験の内容と、
その意味を照らし出し統一する
「光」といってもよいでしょう。
だから、せっかく、深刻な人生体験をした人でも、
もしその人が平生読書をしない人の場合には、
その人生体験の意味を十分に
噛み締めることができないわけです
一日は一生の縮図です。
それを悟って粛然たる思いがするとき、
初めて人は人生の真実の一端に触れる
————————————————
致知より
押忍!
どうか宜しくお願い致します。
「森信三先生 珠玉の名言」
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多少能力は劣っていても、
真剣な人間の方が
最後の勝利者となる
幸せというのは、単に自分の欲望が
充満されることじゃない。
まず、自分のなすべき勤めに対して、
常に全力を挙げて、それに取り組むこと。
第二に、常に積極的に物事を工夫して
それを見事に仕上げること。
そして、人に対して親切にし、
人のために尽くす——
これが、幸福獲得の三大秘訣でしょう
われわれの人生は一回限りのもので、
絶対に繰り返しのきかないものです。
それだけにわれわれはそれぞれが
人生の決勝点に達するまでは
「一日一日を真に充実して生きねばならぬ」
と思いますね。
人間は、進歩か退歩の何(いず)れかであって、
その中間はない。現状維持と思うのは、
じつは退歩している証拠である
読書というのは、いわばその人が
これまで経験してきた人生体験の内容と、
その意味を照らし出し統一する
「光」といってもよいでしょう。
だから、せっかく、深刻な人生体験をした人でも、
もしその人が平生読書をしない人の場合には、
その人生体験の意味を十分に
噛み締めることができないわけです
一日は一生の縮図です。
それを悟って粛然たる思いがするとき、
初めて人は人生の真実の一端に触れる
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致知より
押忍!
今日の言葉 稽古
石黒ブログを読んで頂けるご縁に感謝致します。
いつもありがとうございます。
☆☆☆
【大人の幸福論】
致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
我われは遠くから来た。
そして遠くまで行くのだ…。
若年期(じゃくねん)期に出合ったこの言葉をいまも時折思い出し、口ずさむことがある。
誰の言葉かは知らない。
ゴーギャンの絵に「我われはどこから来たのか。我われは何者か。我われはどこへ行くのか」と題された作品があるが、これに由来してつくられた言葉なのかもしれない。
脳の専門医、林成之氏は、どんな人の脳も三つの本能を持っている、という。
一は「生きたい」
二は「知りたい」
三は「仲間になりたい」
という本能である。
この脳の本能から導き出せる「脳が求める生き方」は一つである。
「世の中に貢献しつつ安定して生きたい」
ということである。
脳の本能を満たして具現するこの生き方は、そのまま人が幸福に生きる道と重なり合う。
そこに大いなる宇宙意志をみる思いがする。
遠くから来た私たちは、宇宙意志のもとに、幸福を求めて遠くまで歩み続けているのかもしれない。
最後に、四十年ハガキ道を伝道してきた坂田道信さんの言葉を紹介する。
「どんな人と一緒になっても、どんなことに出くわしてもつぶされない人格をつくり、幸せに楽しくいられるような人になりたい」
大人の幸福論を説いて、これ以上の言葉はない。
『人生の体則』致知出版社
現代は、ことのほか嫉妬心や焦燥(しょうそう)感がかきたてられやすい環境にある。
Facebook等のSNSでの友人のイベントや幸せそうな写真…。
つい、他人や友人と比較してしまいがちだ。
他人との比較を止める最上の方法は、誰かに喜んでもらうことを多く考えること。
誰かに喜んでもらえば、感謝される。
感謝がたまれば、自分の心に愛がたまり、やがてそれが外にあふれだす。
「どんな人と一緒になっても、どんなことに出くわしてもつぶされない人格をつくる」
感謝という徳を積めば、人格ができる。
感謝され、感謝する人でありたい。
☆☆☆
Facebookよりシェアさせて頂きました。
拳立て七十回です。
今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。
押忍!
いつもありがとうございます。
☆☆☆
【大人の幸福論】
致知出版社、藤尾秀昭氏の心に響く言葉より…
我われは遠くから来た。
そして遠くまで行くのだ…。
若年期(じゃくねん)期に出合ったこの言葉をいまも時折思い出し、口ずさむことがある。
誰の言葉かは知らない。
ゴーギャンの絵に「我われはどこから来たのか。我われは何者か。我われはどこへ行くのか」と題された作品があるが、これに由来してつくられた言葉なのかもしれない。
脳の専門医、林成之氏は、どんな人の脳も三つの本能を持っている、という。
一は「生きたい」
二は「知りたい」
三は「仲間になりたい」
という本能である。
この脳の本能から導き出せる「脳が求める生き方」は一つである。
「世の中に貢献しつつ安定して生きたい」
ということである。
脳の本能を満たして具現するこの生き方は、そのまま人が幸福に生きる道と重なり合う。
そこに大いなる宇宙意志をみる思いがする。
遠くから来た私たちは、宇宙意志のもとに、幸福を求めて遠くまで歩み続けているのかもしれない。
最後に、四十年ハガキ道を伝道してきた坂田道信さんの言葉を紹介する。
「どんな人と一緒になっても、どんなことに出くわしてもつぶされない人格をつくり、幸せに楽しくいられるような人になりたい」
大人の幸福論を説いて、これ以上の言葉はない。
『人生の体則』致知出版社
現代は、ことのほか嫉妬心や焦燥(しょうそう)感がかきたてられやすい環境にある。
Facebook等のSNSでの友人のイベントや幸せそうな写真…。
つい、他人や友人と比較してしまいがちだ。
他人との比較を止める最上の方法は、誰かに喜んでもらうことを多く考えること。
誰かに喜んでもらえば、感謝される。
感謝がたまれば、自分の心に愛がたまり、やがてそれが外にあふれだす。
「どんな人と一緒になっても、どんなことに出くわしてもつぶされない人格をつくる」
感謝という徳を積めば、人格ができる。
感謝され、感謝する人でありたい。
☆☆☆
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拳立て七十回です。
今日一日、皆様が無事であることを神にお祈り致します。
押忍!
2015年9月22日火曜日
無題
日本女性の
「3歩下がってついていく」
というのは、
「女はしおらしくしてろ」
って意味ではなく、
男が
「何かあったら、
お前だけでも逃げろ」
って言うことらしい。
硬派の極みですね。
Facebookよりシェアさせて頂きました。
押忍!
「3歩下がってついていく」
というのは、
「女はしおらしくしてろ」
って意味ではなく、
男が
「何かあったら、
お前だけでも逃げろ」
って言うことらしい。
硬派の極みですね。
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押忍!
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