本日、お盆の入りの為に家族で蒲郡の実家にお墓参りを兼ねて帰省しております。
写真は実家の仏壇です。(写真右上には神棚もあります。)
ワシは物心着くときから、
この仏壇を眺めながら生活をしてきました。
小さな頃の記憶の中にも、
神様、仏様の存在を意識して生きてきた記憶がハッキリとあります。
まあ、現代で神様とか、仏様とか、ばかり言っていると、
変な新興宗教が蔓延っているために危ない人と思われがちですが、
間違いなく、我々人間には理解出来ない「何者か」の存在があると思うのです。
そう、今流行りの言い方では「サムシィンググレート」、ですよね!
さて、この「何者か」(サムシィンググレート)への畏敬の念、畏れを持たなくなったら、
人間は終わりなのではないのでしょうか?.............................
そう、神様、仏様を過剰に敬うのではなく、
人間としてこの地球上に生まれた感謝の念も含めて敬い、当たり前の思いとして、
畏れ、畏敬の念を持たなくなったら、
人間は人間としてこの地球上から消滅してしまうのではないのでしょうか?..............そして、
人間は人間によって滅ぼされてしまうのではないのでしょうか?............................
押忍! 石黒康之
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