彼女の生家は代々の農家。
もの心つく前に母親を亡くした。
だが、寂しくはなかった。
父親に可愛がられて育てられたからである。
父は働き者であった。
三ヘクタールの水田と
二ヘクタールの畑を耕して立ち働いた。
村のためにも尽くした。
行事や共同作業には骨身を惜しまず、
ことがあると、まとめ役に走り回った。
そんな父を彼女は尊敬していた。
父娘二人の暮らしは温かさに満ちていた。
彼女が高校三年の十二月だった。
その朝、彼女はいつものように登校し、
それを見送った父はトラクターを運転して
野良に出ていった。
そこで悲劇は起こった。
居眠り運転のトレーラーと衝突したのである。
彼女は父が収容された病院に駆けつけた。
苦しい息の下から父は切れ切れに言った。
「これからはお前一人になる。すまんなぁ……」
そして、こう続けた。
「いいか、これからは"おかげさま、おかげさま"と
心で唱えて生きていけ。
そうすると必ずみんなが助けてくれる。
"おかげさま"をお守りにして生きていけ」
それが父の最期だった。
父からもらった"おかげさま"のお守りは、
彼女を裏切らなかった。
親切にしてくれる村人に彼女はいつも
「おかげさま」と心のなかで手を合わせた。
彼女のそんな姿に村人はどこまでも優しかった。
その優しさが彼女を助け、支えた。
父の最期の言葉がA子さんの心に光を灯し、
その光が村人の心の光となり、
さらに照り返して彼女の生きる力になったのだ。
もう一つ、作家で詩人の高見順の晩年の話である。
高見順は食道がんの手術を受けて病床に横たわった。
ふと窓外を見ると、激しい風雨のなかを
少年が新聞を配達している。
その姿に胸を揺さぶられ、
高見順は一編の詩を書いた。
なにかをおれも配達しているつもりで
今日まで生きてきたのだが
人びとの心になにかを配達するのが
おれの仕事なのだが
この少年のようにひたむきに
おれはなにを配達しているだろうか
ひたむきな新聞配達の少年の姿が
晩年の作家魂に光を灯したのである。
心に光を灯された体験は、
誰にもあるのではないだろうか。
人の心に光を灯す。
それは自分の心に光を灯すことでもあるのだ。
そういう生き方をしたいものである。
「人の心に光を灯す」
『心に響く小さな5つの物語』より
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~15分で読める感動秘話~
『心に響く小さな5つの物語』
(藤尾秀昭・文/片岡鶴太郎・画)
致知出版社の方メルマガよりシェアさせて頂きました。
押忍!
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