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2016年9月11日日曜日

自己が主で他は賓

「個人主義と利己主義」
 今日、個人主義と利己主義が混同されているきらいがあります。本来の個人主義というのは個人は非常に尊いものであるという考え方だと思います。が、一人の個人が尊いということは、同時に他の個人も尊いということになります。ですから個人主義はいわば他人主義にも通じるわけです。
 それに対して利己主義というものは、自分の利益をまず主として考え、他人の利益をあまり重んじない姿です。
 今日ともすれば、個人主義が謝り伝えられて、利己主義に変貌してしまっている姿がありますが、この画然とした違いをお互いに常日ごろから知っておく必要があると思うのです。
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(概観)
よく言われることであるが、西洋における個人主義というのは、キリスト教という一神教を背景にしか成り立たないのである。キリスト教のバイブルには様々な教えが書かれており、個人は一対一で神と契約を結ぶのである。
近年、世俗化され教会の相対的位置などが落ちてきていると言われるが、一方で、アメリカ合衆国大統領が宣誓するさいはバイブルに手をおいて行われている。多様性などを認めるアメリカにおいても、今までキリスト教徒以外が大統領になったことはない。それほど、キリスト教というのは西洋の生活様式の根底に流れているのである。
ひるがえって、日本では明確な経典を持たない、神道が信仰の根底にある。その神道は仏教や道教などと長い期間を通じて混合し、日本独自の信仰として今でも伝えられている。そもそも神官のトップである、天皇という言葉自体が、道教のものであるのだ。
だが、今の時代、西洋的な社会契約によって国家体制を作っているがゆえに、個人主義や人権思想を取り入れないわけにはいかない。いや、そもそも、個人主義や人権思想自体は近代国家において必要不可欠なものである。大事なことは、どうも日本の土壌、カルチャーにとって、個人主義的な考え方は馴染まないということを意識することだ。松下翁がいうように、「違いをお互いに常日ごろから知っておく必要がある」のである。
そこがわからず、旧態依然な人材教育や人間関係を築いていれば、いずれ、社会や共同体の崩壊として私たちの次の世代にしっぺ返しがくるであろう。



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