砂を噛むような思いをして
立派になって帰ってこい
塩沼亮潤
(慈眼寺住職)
▼いま甦る会場全員が涙した
伝説の講演会──。
平成3年5月3日、
目を開けた瞬間から
千日回峰行者になるための
自分の定めが始まりました。
目を開けると
身体の重い日もあります。
調子の
「いいか悪いか」ではなく、
「悪いか、最悪か」のどちらか。
そのスレスレのところを
行じていくので、
起きた瞬間に
足が動かない日もある。
・ ・ ・ ・ ・
1度行に入ると
医者に行くことも許されません。
ある日、突然右目が充血して
腫れあがってきたことが
ありました。
1週間たっても
どんな薬をつけても治らず、
徐々に不安が募ります。
どうしてだろう、
といくら原因を考えても
分からない。
その時に、
当時23歳という若さゆえ、
命の1つや2つ落としても
なんてことはない
という気持ちでいた
自分のことが省みられました。
あんなに大きなことを
言っていた人間が、
右目一つ霞んでくるだけで
こんなにも不安になっている。
そう思った瞬間に、
「神仏から頂いたこの命は決して
粗末にしてはいけない」
という戒めだったのだと
気づいたのです。
それから数時間後には
目の腫れが引き、
次の日には元どおりに
なっておりました。
・ ・ ・ ・ ・
私が修行させていただいた
吉野の金峯山寺は
特に山道が険しく、
真夏の暑さは
大変厳しいものです。
ある時、目の前に
1匹のミミズが半分以上
干からびて苦しそうに
もがいておりました。
10メートルほど行った時、
このまま自分が見殺しにすれば
息絶えてしまうだろう
と思いました。
水筒にはわずかな水しか
残っておらず、
炎天下でどこにも
水はございません。
しかし、
いくら苦しいからといって、
自分のことだけを
考えるようでは行者失格。
誰が見ていなくても、
すべて困っているものに
手を差し延ベてやるのが
行者としての役目では
なかろうか。
そう思い直し、
そのミミズの所まで戻って
杖で穴を掘り、
自分の水筒の水を口に含み、
体にかけて土に戻してやりました。
そのようなミミズが
数百匹はいるでしょう。
・ ・ ・ ・ ・
いまでも一番苦しかった
と思うのは、
10日間高熱と下痢が止まらず、
体が10キロ以上痩せた時です。
495日目、
とうとう一時間ほど
寝坊をしてしまいました。
高熱の中
ふらふらになりながら滝に入り、
着替えをしてなりふり構わず
山に向かいました。
しかしついに力尽きて、
両の手に水を持ったまま、
地面に体を打ちつけました。
「ここで終わりか」
その瞬間、
耳に響いた言葉がありました。
「どんなに苦しくても、
砂を噛むような思いをして
立派になって帰ってこい」
高校を出て仙台から出発する前、
母に言われた言葉でした。
………………………………
ご紹介したのは、
2007年9月15日に
ヒルトン東京で開催された
慈眼寺住職・塩沼亮潤大阿闍梨による
「致知読者の集い」の
講演会の内容です。
(『致知』2007年12月号より)
致知出版社様メルマガよりシェアさせていただきました。
押忍!
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