人の心に灯をともす より
【念を込める生き方】
小林正観さんの心に響く言葉より…
「念」についての話をしました。
「念」という漢字を分解すると、「今」と「心」に分かれます。
私たちは、過ぎてしまって取り戻すことができない現象にクヨクヨし、まだ来てもいない未来に対して取り越し苦労をします。
けれど、もっとも大事なのは「今」です。
「今」、自分の目の前に存在するひとつひとつ、一人ひとりを大事にするのが「今」の「心」、すなわち「念をいれる」ということのようです。
そんな話をした2ヵ月後、私のもとに1通の手紙が届きました。
おおよそ、次のような趣旨でした。
「結婚して数年経つが、夫の両親と意見や価値観が合わないと感じていました。
そんなとき、『念』についての話を聞きました。
そこで、夕食をつくるときに、『念』を入れてみることにしました。
『このご飯を食べる人が健康で元気で幸せになりますように。やさしい笑顔になりますように』と、『念』を込めながら料理をつくりました。
食事を終え、食器を洗っていると、ポンポンと肩を叩かれました。
振り返ると姑(しゅうとめ)でした。
怒られるのではないかと身構えると、『今日の夕食、おいしかったわよ』という言葉が耳に届きました。
今までは一度も『おいしかった』と言われたことはなかったのです。
その日を境に、3人の関係は信じられないほど好転しました。
夫の両親のことを私は誤解していたのかもしれない。
私が抱いていた『なんとなく嫌だ』『気が合わない』という気持ちが溝をつくっていたのかもしれないと思うようになりました。
『念を入れる』という実験は、信じられないほどの結果を示しました。
『念』や『気』の存在を確信すると同時に、今まで気を入れずに料理をしてきた自分を反省しました」
「『気』なんて気のせいだ」「『気』なんて精神論だ」と言う人もいるでしょうが、今ここで、「気」の存在を「科学的」に「あるか、ないか」論じるつもりはありません。
注目したいのは、「好ましい人間関係」でなかったものが、「気」あるいは「念」を入れたことで(そういう気持ちで料理をつくったことで)好ましい状態に変わったという「実例があった」ということです。
「気」があるか、ないかを証明することよりも、「こうすると、こうなるようだ」という「方程式」を発見できたことのほうが重要だと思います。
26年間アトピーで悩んでいた女性は、半年前からお茶を飲む前に、「私の細胞を正常にしてくださって、ありがとうございます」と声を出すようにしたそうです。
すると2週間で湿疹が消え、1ヵ月で治ったと聞きました。
ありとあらゆる治療をして、それでも治らなかったアトピーが、飲みものを飲むときに「お礼(感謝)」の気持ちを込めるようにした結果、治ったというのです。
「気」や「念」はどうも存在するらしい。
しかも、「気」や「念」は、「人の体に入るもの」(食べもの、飲みもの)に対して強く、顕著に効果を示すらしいのです。
すべてが「気」や「念」で解決するわけではないでしょうが、やったことがないのであれば、実験してみると、とても楽しい結果が待っているかもしれません。
『ありがとうの魔法』ダイヤモンド社
小林正観さんは『22世紀への伝言』(廣済堂出版)の中で、こんなことを書いている。
『ノートルダム清心学園の理事長をされていて、多くの素晴らしい本をお書きになった、渡邉和子さんが修道会にいたときのことです。
食事の準備のために、食卓にお皿を配っていた渡辺和子さんに、あるシスターが寄ってきて訊ねたそうです。
「あなたは今、何を考えながらお皿を配っていますか?」渡辺和子さんは戸惑いつつ、「いえ、何も考えていません」と答えました。
そのときシスターは、「あなたは時間を無駄にしています。なぜ、このお皿を使う人の幸せを祈りながら配らないのですか。この世に雑用という仕事はないのですよ」そう教えてくれたというのです』
料理を作るだけではなく、料理を運ぶときも『念』を入れることはできる。
たとえば、車に乗る時も、「今日もスムーズに運転できありがとう」と、車に『念』を入れる。
あるいは、会社に着いたら、「今日も一日楽しく有意義な時間が過ごすことができ感謝します」と、会社に『念』を入れる。
また、野球のイチロー選手のように、バットやグローブを大事に扱い、「いつもありがとう」と、道具に『念』を入れる。
何かをするとき、誰かの幸せを祈ったり、感謝したり…
『念』を込める生き方をしてみたい。
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