【常に好奇心や関心・興味を持つこと】
小林正観さんの心に響く言葉より…
講演会の後の、ある二次会(30人ほど)で、こんな出来事がありました。
私が「お札をこういうふうに折ると、どうも仲間(お金)を呼んでくれるらしい」という楽しい話をしたときのことです。
「どういうふうに折るんですか」と、ほとんどの人が笑顔になり、その折ったお札の見本をその場に回しました。
ぐるりと回っていき、2種類の見本がたまたま私の目の前の30歳ぐらいの女性のところに来ました。
1つ目の見本を見て、彼女はこう言いました。
「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね。暇な人でないと、こんなこと見つけませんよね」
これが、彼女の開口一番の言葉でした。
それから10秒ほど経って、2つ目の見本が彼女のところに回ってきました。
彼女はそれを見ながら、こう言いました。
「この脇の人物がこういうふうに折れているのを見ると、変なふうにゆがんでいて不愉快ですね。こんな変な顔って見たくないですよね」
私は、笑顔で穏やかに言いました。
「〇〇さん、今、2つのものを見て、2回とも否定的な反応したことに自分で気がつきましたか」
「えっ、そうですか」
本人は驚いた様子でした。
否定的な反応をしたこと自体に、彼女自身は気がついていなかったようなのです。
「今、1つ目は、開口一番こう言ったのですよ。
2つ目が回って来たときには、こういったのですよ。
2つが2つとも、大変否定的な言葉でした。
話題の本体の話をするのではなく、まったく関係のないところを非常に皮肉っぽい目で見ながら、それについて冷たく否定的な意見を言っていました。
『こういう楽しい話があるのですよ』と言った私をがっかりさせました。
その言葉を聞いて、体中の力が抜けてしまいました。
『ああ、この人には何を言ってもダメなのだ。もうそれ以上の話をしても仕方ないかな』という気にさせられたのですよ」
と私は申し上げました。
何か面白く楽しい情報があったとき、それを教わった人が開口一番で否定的なことを言った瞬間に、その情報を持ち込んだ人は、シュンとしてしまいます。
そして、これ以上のことを言ってもまた冷たく否定的な言葉が返ってくるだけなんだと思ったら、2つ目、3つ目の情報は話さなくなります。
この人に対して何か楽しそうな情報や役に立ちそうな情報を持ち込んでも、多分、役に立たないだろうと思ってしまうのです。
「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね」と言った瞬間に、それはもう、それ以上のことを聞きたくないと潜在意識の中で言っているようなものです。
それは取りも直さず、「私はそんなことについて、新しい情報は仕入れたくない。今の私で充分なのだ」という驕(おご)り、高ぶり、傲慢(ごうまん)、うぬぼれの側面を見せているということにほかなりません。
謙虚であるということは、自分以外の人が何か面白い情報や、楽しく新しい情報を持ち込んできたときに、「それで、それで」と言って聞く立場になることです。
つまり、自分の中に吸収しようとする心があること、常に好奇心や関心・興味があることが、謙虚さの1つなのではないでしょうか。
自分の中に、ある程度の勉強をしてきて、そんなつまらないことには関心がないという場合に、否定的で冷たい反応になるのだと思います。
で、開口一番そういう言葉が出てくるのでしょう。
その結果として、そこから先の話は進まなくなります。
つまり、否定的な言葉を言い、そこでピシャッと遮断してしまいのは、本人は気がついていないのかもしれませんが、とてももったいないことをしている、と私には思えました。
謙虚であるということは、相手の話や情報をなるべくたくさん聞き入れて、自分が大きくなること(広がること)です。
謙虚に、興味を持って人の話を聞けば、相手は多分もっと話をしてくれます。
そして、そのたくさんの話の中から自分の感性に合うものだけを取り入れればよいのです。
その1つのひとつの情報について、気に入る、気に入らない、と間の前で感想を言うことは意味がありません。
「なるほど、そうですよね。それで、それで」というふうに、笑顔で相手の話を引き出すこと、これこそが謙虚さであり、なおかつ、もっとも自分が得する立場というものではないでしょうか。
『神さまに好かれる話』三笠書房
人があの世に旅立ったとき、神さまから聞かれることがあるという。
「あなたは、人生をどれくらい楽しんできましたか?」(同書の中から)
楽しんで生きてきた人は、人の話を面白がって、楽しそうに、「それで、それで」と聞く。
楽しんでこなかった人は、人の話をつまらなそうに聞き、さらに、冷たく、否定する言葉を言う。
人の話だけでなく、どんなことが起きても、それを面白がったり、その中に楽しみを見出し、好奇心いっぱいに生きている人は幸せだ。
常に好奇心や関心・興味を持って生きていきたい。
■「人の心に灯をともす」のfacebookページです♪
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小林正観さんの心に響く言葉より…
講演会の後の、ある二次会(30人ほど)で、こんな出来事がありました。
私が「お札をこういうふうに折ると、どうも仲間(お金)を呼んでくれるらしい」という楽しい話をしたときのことです。
「どういうふうに折るんですか」と、ほとんどの人が笑顔になり、その折ったお札の見本をその場に回しました。
ぐるりと回っていき、2種類の見本がたまたま私の目の前の30歳ぐらいの女性のところに来ました。
1つ目の見本を見て、彼女はこう言いました。
「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね。暇な人でないと、こんなこと見つけませんよね」
これが、彼女の開口一番の言葉でした。
それから10秒ほど経って、2つ目の見本が彼女のところに回ってきました。
彼女はそれを見ながら、こう言いました。
「この脇の人物がこういうふうに折れているのを見ると、変なふうにゆがんでいて不愉快ですね。こんな変な顔って見たくないですよね」
私は、笑顔で穏やかに言いました。
「〇〇さん、今、2つのものを見て、2回とも否定的な反応したことに自分で気がつきましたか」
「えっ、そうですか」
本人は驚いた様子でした。
否定的な反応をしたこと自体に、彼女自身は気がついていなかったようなのです。
「今、1つ目は、開口一番こう言ったのですよ。
2つ目が回って来たときには、こういったのですよ。
2つが2つとも、大変否定的な言葉でした。
話題の本体の話をするのではなく、まったく関係のないところを非常に皮肉っぽい目で見ながら、それについて冷たく否定的な意見を言っていました。
『こういう楽しい話があるのですよ』と言った私をがっかりさせました。
その言葉を聞いて、体中の力が抜けてしまいました。
『ああ、この人には何を言ってもダメなのだ。もうそれ以上の話をしても仕方ないかな』という気にさせられたのですよ」
と私は申し上げました。
何か面白く楽しい情報があったとき、それを教わった人が開口一番で否定的なことを言った瞬間に、その情報を持ち込んだ人は、シュンとしてしまいます。
そして、これ以上のことを言ってもまた冷たく否定的な言葉が返ってくるだけなんだと思ったら、2つ目、3つ目の情報は話さなくなります。
この人に対して何か楽しそうな情報や役に立ちそうな情報を持ち込んでも、多分、役に立たないだろうと思ってしまうのです。
「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね」と言った瞬間に、それはもう、それ以上のことを聞きたくないと潜在意識の中で言っているようなものです。
それは取りも直さず、「私はそんなことについて、新しい情報は仕入れたくない。今の私で充分なのだ」という驕(おご)り、高ぶり、傲慢(ごうまん)、うぬぼれの側面を見せているということにほかなりません。
謙虚であるということは、自分以外の人が何か面白い情報や、楽しく新しい情報を持ち込んできたときに、「それで、それで」と言って聞く立場になることです。
つまり、自分の中に吸収しようとする心があること、常に好奇心や関心・興味があることが、謙虚さの1つなのではないでしょうか。
自分の中に、ある程度の勉強をしてきて、そんなつまらないことには関心がないという場合に、否定的で冷たい反応になるのだと思います。
で、開口一番そういう言葉が出てくるのでしょう。
その結果として、そこから先の話は進まなくなります。
つまり、否定的な言葉を言い、そこでピシャッと遮断してしまいのは、本人は気がついていないのかもしれませんが、とてももったいないことをしている、と私には思えました。
謙虚であるということは、相手の話や情報をなるべくたくさん聞き入れて、自分が大きくなること(広がること)です。
謙虚に、興味を持って人の話を聞けば、相手は多分もっと話をしてくれます。
そして、そのたくさんの話の中から自分の感性に合うものだけを取り入れればよいのです。
その1つのひとつの情報について、気に入る、気に入らない、と間の前で感想を言うことは意味がありません。
「なるほど、そうですよね。それで、それで」というふうに、笑顔で相手の話を引き出すこと、これこそが謙虚さであり、なおかつ、もっとも自分が得する立場というものではないでしょうか。
『神さまに好かれる話』三笠書房
人があの世に旅立ったとき、神さまから聞かれることがあるという。
「あなたは、人生をどれくらい楽しんできましたか?」(同書の中から)
楽しんで生きてきた人は、人の話を面白がって、楽しそうに、「それで、それで」と聞く。
楽しんでこなかった人は、人の話をつまらなそうに聞き、さらに、冷たく、否定する言葉を言う。
人の話だけでなく、どんなことが起きても、それを面白がったり、その中に楽しみを見出し、好奇心いっぱいに生きている人は幸せだ。
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