小林正観さんの心に響く言葉より…
《誤解を解く方法―そのうちわかる、という生きかた》
「私は、自分のおせっかいで友人の子どもさんを傷つけてしまったことがあるんです。
それで、その友人からはとても恨まれていて、つらい思いをしています。
私は、その友人と話し合いをして和解したほうがいいんでしょうか」
その人によかれと思ってしたことが裏目に出て、逆に傷つけてしまうというのはよくあることです。
質問された方も、悪気があったわけではないのに、どうしてこんなことになってしまったのかという、やりきれない思いだったに違いありません。
私は、頼まれてもいないのに、自分の判断で何かをしてあげようとするのは、やめたほうがいいという考えです。
頼まれたら、いつでもだれに対しても人を選ばないで快く引き受ければいいですが、頼まれてもいないのに自分の勝手な思い込みで「この人は、きっとこれが必要なんだろう」という関わり方は、しないほうがいいと思います。
それは「小さな親切・大きなお世話」ということですから。
人間関係においては、距離感がある程度あるとトラブルになることは少なくなります。
やはり踏み込んではいけないエリアがありそうです。
社会心理学的にも、人にはそれぞれ安心できる空間というものがあるとされています。
あまり近づきすぎると相手を不安にしたり、イライラさせたりしてしまうのです。
ある社会学者の研究では、初対面で会話をするには、1.2~2.1メートルの距離がいいということです。
これは、お互いに手を伸ばせば握手できる距離です。
これ以上近づくには、親密度を増す必要があります。
しかし、親密度が増して距離が近くなると、相手に対するポジティブな態度とネガティブな態度の両方が強化されるといわれています。
つまり、相手に対する好意も憎悪も、両方とも増幅される可能性があるということです。
友人にしても家族にしても同じですが、近寄りすぎないこと。
もし、他人に対して踏みとどまることができる問題なら、家族に対しても踏みとどまれるはずです。
人間関係で大切なことは"距離感"だと私は思います。
それから、たとえ誰かを傷つけてしまったとしても、自分のせいだとか、あまり考える必要はないと思います。
それを思い悩む必要はありませんし、自分がつらく悲しい気持ちになる必要もありません。
誤解されていることに関して、一生懸命に相手に事情を説明して、わかってもらいたいと思うのはやめましょう。
ただひたすら後ろ姿を見せて、「あーこの人を誤解していたのかもしれない」とその人に思わせるような生きかたを、これからしていけばいいと思います。
『すべてを味方すべてが味方』三笠書房
小林正観さんは、こう語る。(笑顔で光って輝いて)より
『親子関係が悪い人に対して、このような提案をしました。
「呼び捨てにせず、さん付けで呼んでみてください」
子どもに対し、さん付けに切り替えた人は、半年ほど引きこもっていた子どもが部屋から出てきて、「お母さん」と呼んでくれるようになりました。
相手に対して、自分が投げかけた呼び名が、自分に返ってきます。
私は、これまでの人生で、どうも「言葉が喜ぶ使い方」というものがあるように感じました。
「そうだよ」という言葉より、「そうなのですよ」というように「です」「ます」で言ったほうが、言葉も喜ぶようです。
日本には、敬語というとても美しい言葉があります。
なるべく意識して使うようにすると、言葉が喜んで、味方をしてくれます。
丁寧な言葉を投げかけると、自分も丁寧な言葉に囲まれていき、人間関係もスムーズに流れていきます』
人間関係において、適度な距離感を保つことはとても大事だ。
少し仲良くなって、べったりし過ぎたりすると問題が起きやすい。
相手の領域にずかずかと踏み込んでしまったりするからだ。
親子や親しい友人の間では、どうしても言葉がぞんざいになりがちだ。
それは距離が近づき過ぎているということ。
適度な距離を保つには、敬語や丁寧な言葉が必要だ。
「親しき仲にも礼儀あり」
「人間関係で大切なことは"距離感"」
距離感を大切にしたい。
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