プロフィール

2020年8月11日火曜日

《誤解されているときには、これからの「生きざま」を見せることで誤解を解く。「いつかはわかってくれる」と信じられれば、弁解や言い訳がずいぶん減っていく。》

『心を軽くする言葉』イースト・プレス

江戸時代の名僧、白隠禅師の逸話がある(『君の霊格を高めよ』無能唱元)より

『松蔭寺の門前に住む財産家の娘が身ごもってしまい、父親から、だれの子かと激しく責めたてられ、つい、白隠禅師の子だといってしまう。

激怒した父親はその赤ん坊を抱いて松蔭寺にやってきて、「今まで尊敬していたが、人の娘に手をつけるとはとんだ生ぐさ坊主だ。さあ、この赤ん坊を引きとってくれ」と大声ののしって帰って行ってしまった。

禅師は別に怒る風もなく、その赤ん坊をそだて始めた。

それで禅師の信用はすっかりなくなり、信者も弟子も去って、松蔭寺はすっかりさびれてしまった。

禅師は赤ん坊をとてもかわいがり、村々を托鉢して行く。

村人の中には禅師の姿を見ると嘲笑し、石を投げたり、塩をまいたりする者もあった。

ある雪の日、赤ん坊を抱いて托鉢をしている禅師の姿を見ていたその娘は、ついに耐えきれなくなって、ワッと泣き出すと、父親に真実を打ちあけ、あれは白隠さんの子ではない、と言った。

仰天した父親は、禅師のもとへ走り、平あやまりにあやまった。

禅師は、初めと同じように、別に怒る風もなく、「ああそうか、父がいたか。よかったな」といって、その赤ん坊をかえした。

このことがあってから、以前にも増して信者や弟子が松蔭寺に集まるようになったという』

「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまでうたわれ、500年に一度の天才と称されたのが白隠禅師。

生涯を墨染(すみぞ)めの衣で過ごしたといわれる。

誤解を受けても、一切言い訳をしない。

そして、誤解は行動で解く。

しかしながら、凡人にはこのことがなかなかできない。

ついつい、言い訳をしたり、大声で自分の正当性を主張してしまう。

「いつかはわかってくれるだろう」と信じ…

「生きざま」を見せることで誤解を解きたい。


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押忍

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