【自慢話は、「威張る」の初期症状】
精神科医、西多昌規氏の心に響く言葉より…
世の中、横柄(おうへい)で威張っている人は、どこにでも多かれ少なかれいるものです。
クレームほどではないにせよ、お店で店員さんに居丈高にふるまっている人を目にする機会もたまにあると思います。
医療現場でも同じです。
医者には従順でも、看護婦や事務のスタッフには威張る患者、教授や医院長にはへいこらしていても、部下や研修医には権威的な医者。
自らも絶えず自戒する必要を感じています。
「威張る」は、文字通り「威勢を張る」という意味です。
虚栄心にも通じるところが大いにあるのですが、実際の自分より大きく見せようという心理がはたらきます。
威張る人は、劣等感や不安感を抱えている可能性が大きいように思います。
本当に自信があれば、威張る必要はないでしょう。
自分の力を見せつけたいという、示威行動でもあります。
例としては、交際相手とレストランで食事をするときに、威張った態度で店員に接する、などでしょうか。
サービスを買っている自分が偉いということを、相手に見せたいのです。
逆効果であることがほとんどなのですが。
あるいは自分が傷つく前に優位な立ち位置を築いておく、先制攻撃という意味もあるのかもしれません。
攻撃は最大の防御であるというエッセンスを、無意識に実践していると解釈することもできます。
「自分は威張っているつもりはない」と思っている人もいるかもしれません。
しかし、「尊敬されていない」
「軽く見られているのでは」
という疑念、不安がある人は要注意です。
「マウンティング」の構造と同じように、自分を無意識に高みにおいて相手を見下すことで、自分の不安を解消しようとしているのかもしれないのです。
自分に自信がないことによる不安、疑念、焦り。
威張っても、解決される問題ではありません。
最も悲しいのは、威張っている人が自信欠乏感を持っている自覚に乏しいことです。
あからさまに威張ってはいないと思っている人でも、飲み会などで自分の経験ばかり話したり、さらに程度が進んで自慢話を多くしたりする人は、黄色信号です。
自慢話は、わかりやすい「威張る」の初期症状です。
自分のことばかり話している人の話の内容は、たいていどうでもいいようなことがほとんどです。
自慢することでかえって、評価を落としてしまいます。
威張っている、自慢話が多い、自分の話をしないと機嫌が悪い。
これらは、自分を貶(おとし)めるだけでなく、相手も不愉快にさせます。
「威張る」まで行くと、なかなか他人は注意してくれません。
「自分のことばかりしたい」欲に気がついて、他人の言うことを聞くようになること。
この気づきと心がけが、自信欠乏症を少しずつ軽くしてくれるはずです。
自信を得るまでの段階にはなかなか辿り着けなくても、不安が少しでも軽くなれば、「自慢欲」から離れた考えになるのではないでしょうか。
『「欲」をコントロールする方法』文響社
西多氏によると、「威張る」には、怒りの感情が隠されているという。
「怒り」の反対は、「喜ぶ」とか「笑う」という感情だが、威張るときに、喜びや(心から)笑う感情を持っている人はいない。
だから、威張るときには上から目線の攻撃的な感じになる。
まさにクレームがそれだ。
威張る行為は、自分より弱い者、下に見ている者に対してだけ行われる。
ある種の弱い者いじめと同じだ。
そして、それは自信がない人がやる行為。
自信がない人は「オレ(私)のことをバカにしているのか」と怒る。
『自慢話は、「威張る」の初期症状』
自分ばかり話したい気持ちを抑え、人の話を聞く側にまわりたい。
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精神科医、西多昌規氏の心に響く言葉より…
世の中、横柄(おうへい)で威張っている人は、どこにでも多かれ少なかれいるものです。
クレームほどではないにせよ、お店で店員さんに居丈高にふるまっている人を目にする機会もたまにあると思います。
医療現場でも同じです。
医者には従順でも、看護婦や事務のスタッフには威張る患者、教授や医院長にはへいこらしていても、部下や研修医には権威的な医者。
自らも絶えず自戒する必要を感じています。
「威張る」は、文字通り「威勢を張る」という意味です。
虚栄心にも通じるところが大いにあるのですが、実際の自分より大きく見せようという心理がはたらきます。
威張る人は、劣等感や不安感を抱えている可能性が大きいように思います。
本当に自信があれば、威張る必要はないでしょう。
自分の力を見せつけたいという、示威行動でもあります。
例としては、交際相手とレストランで食事をするときに、威張った態度で店員に接する、などでしょうか。
サービスを買っている自分が偉いということを、相手に見せたいのです。
逆効果であることがほとんどなのですが。
あるいは自分が傷つく前に優位な立ち位置を築いておく、先制攻撃という意味もあるのかもしれません。
攻撃は最大の防御であるというエッセンスを、無意識に実践していると解釈することもできます。
「自分は威張っているつもりはない」と思っている人もいるかもしれません。
しかし、「尊敬されていない」
「軽く見られているのでは」
という疑念、不安がある人は要注意です。
「マウンティング」の構造と同じように、自分を無意識に高みにおいて相手を見下すことで、自分の不安を解消しようとしているのかもしれないのです。
自分に自信がないことによる不安、疑念、焦り。
威張っても、解決される問題ではありません。
最も悲しいのは、威張っている人が自信欠乏感を持っている自覚に乏しいことです。
あからさまに威張ってはいないと思っている人でも、飲み会などで自分の経験ばかり話したり、さらに程度が進んで自慢話を多くしたりする人は、黄色信号です。
自慢話は、わかりやすい「威張る」の初期症状です。
自分のことばかり話している人の話の内容は、たいていどうでもいいようなことがほとんどです。
自慢することでかえって、評価を落としてしまいます。
威張っている、自慢話が多い、自分の話をしないと機嫌が悪い。
これらは、自分を貶(おとし)めるだけでなく、相手も不愉快にさせます。
「威張る」まで行くと、なかなか他人は注意してくれません。
「自分のことばかりしたい」欲に気がついて、他人の言うことを聞くようになること。
この気づきと心がけが、自信欠乏症を少しずつ軽くしてくれるはずです。
自信を得るまでの段階にはなかなか辿り着けなくても、不安が少しでも軽くなれば、「自慢欲」から離れた考えになるのではないでしょうか。
『「欲」をコントロールする方法』文響社
西多氏によると、「威張る」には、怒りの感情が隠されているという。
「怒り」の反対は、「喜ぶ」とか「笑う」という感情だが、威張るときに、喜びや(心から)笑う感情を持っている人はいない。
だから、威張るときには上から目線の攻撃的な感じになる。
まさにクレームがそれだ。
威張る行為は、自分より弱い者、下に見ている者に対してだけ行われる。
ある種の弱い者いじめと同じだ。
そして、それは自信がない人がやる行為。
自信がない人は「オレ(私)のことをバカにしているのか」と怒る。
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