伊那食品工業会長、塚越寛氏の心に響く言葉より…
私が伊那食品工業に入社した頃には、寒天の市場もほとんどない状態で、「寒天業界で生きてゆけるだろうか」と不安ばかりでした。
当時は技術も未熟だった上に資金も乏しく、とても希望を持てる状態ではなかったのです。
とにかく、自分たちで寒天の需要を掘り起こすしかない。
そう覚悟を決めて、寒天を使ったお菓子をつくり、「こういう商品はいかがですか」とお菓子メーカーに売り込むことから始めたのです。
以来、伊那食品工業は寒天の新しい用途を徹底して追及してきました。
私は、このことを「深耕(しんこう)」と呼んでいます。
簡単に言えば、寒天はテングサやオゴノリなどを煮詰め、寒天のエキスを抽出して棒状や糸状、粉状に固めただけのものです。
しかし、どのようなものでも「深耕」すれば、奥行きは無限です。
例えば、ある時に、固まらない寒天ができてしまいました。
失敗作です。
でも、これを何とか使えないかと考え、この失敗作の量産技術を確立したところ、化粧品やソフトな寒天として、介護食にも用いることができました。
さらに、飲料などもつくりました。
この凝固力を抑えた「ウルトラ寒天」は今日では、広くいろいろな用途に使われるようになっています。
また、横浜市立大学医学部の杤久保修教授との共同研究で、寒天がメタボリック・シンドロームの改善に役立つことがわかり、メタボリック・ダイエット用の寒天製品もつくりました。
食事前に、180グラムの寒天ゼリーを摂取しておくと、メタボリック・シンドロームの改善に効果があるのです。
このように「深耕」を重ねるうちに、当社では、既に60件の特許を取得し、さらに多くを出願中です。
商品も1000種類を超え、お菓子メーカーから外食産業、医薬品メーカーへと市場も広がってきました。
もちろん、家庭用の「かんてんぱぱ」ブランドも、今日では売り上げの4割を占めるまでに成長しています。
当社は早くから「研究開発型」企業を目指しました。
と言うよりも、それしか生きる道がなかったのです。
既存の市場というものが、なかったわけですから、寒天という一つの素材を深く掘り下げることで、多くのお客様、いろいろな業界と結びつくことができました。
当社の強みは、新しい商品を開発して、自ら市場を創り出すところにあります。
そこでは、当社の製品が高いシェアを持てるわけです。
無益な安売り競争にさらされることもありません。
これが適正な利益を確保できることにつながります。
もう一つ、当社の強みがあります。
それは、工場に設置する生産機械をかなりの程度まで、自社でつくってきたということです。
最近でこそ、機械の大型化に伴い、外部の機械メーカーに依頼することも増えていますが、それでも小さな機械は自前で制作できます。
そのために、機械工学の専門家もいます。
多い時には、機械工作の部門だけで20名ほどの社員がいました。
これによって、オリジナルな生産設備が多くできました。
そのため、当社でヒット商品が生まれても、他社は簡単には真似ができなったようです。
さらに、機械工作の部門を持ったことで、機械のメンテナンス力も上がりました。
故障してもすぐ直せます。
改善も容易です。
このため、工場の稼働率も高くなりました。
自社で生産設備をつくることは、大きな競争力を生んでくれました。
これも元はと言えば、資金不足で機械が買えなかったことから発しています。
資金は有限でも、知恵は無限です。
私が「商売は知恵比べ」と言う所以(ゆえん)です。
『リストラなしの「年輪経営」』光文社
安岡正篤師の『易と人生哲学』(致知出版)の中にこんな一文がある。
『六十四卦の中に、「水風井(すいふうせい)」という卦があります。
「水風井」とは、物事が行き詰まり苦しくなった場合の答えが、「井」の卦であります。
行き詰って、どうにもならないときには、その事業、生活、人物そのものを掘り下げるより他によい方法がありません。
たとえば、井戸を掘りますと、初めはもちろん泥でありますが、それを掘り進めますと泥水が湧き出します。
それを屈せず深く掘り下げると滾々(こんこん)として尽きない清水、水脈につきあたります。
これが「井」の卦であります。
このように、困ったときには、いくら条件を並べて、よい方法がないかと探しても無駄であります。
自己を堀りさげるより他によい方法はありません。
本当によく反省し、修養すれば必ず無限なもの、滾々(こんこん)として尽きない水脈につきあたる、そうなると無限にこれを汲み上げることができるのであります』
我々は往々にして、困ったときは、あれやこれやと手を広げてしまう。
しかし、本当は、広げるのではなく、今自分の立っている場所を深く掘っていくことが必要だ。
本質は、広さではなく、深さにある。
見た目や、上っ面だけを広げても、芯のところに魅力やノウハウがなければ、じきに化けの皮が?(は)がれる。
「深く耕すこと」
今の仕事、今やっていることから逃げず、その場を、深く深く、掘り進めたい。
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