【矢沢の生き様】
1998年、
オレはオーストリアで被害総額30億円以上という、
とんでもない横領被害に遭った。
犯人は長年、 一緒に仕事してきたオレの部下だった。
事件はオレにとって大きかった。
金額の問題じゃない。
とにかく精神的ダメージが大きかった。
どーんと胸に空洞があるみたいになった。
ショックだった。
だってそうじゃないか。
犯人は側近中の側近だ。
やつらが共謀してオレを裏切ったんだ。
背任、横領、公文書偽造。 やりたい放題だった。
しかも、 10年間にわたって。
「矢沢がやられたよ、 だまされちゃったよ、
大借金くらっちゃったよ、 あいつバカだよな」
結局、 マスメディアが言ってることはこれだけだった。
オレは、 負けるわけにはいかない、 と思った。
「こいつら、 待ってるんだろうな、
オレが破産するのを。 こいつらにいい思いさせたくないな」
こいつらっていういのは、 「他人の不幸は蜜の味」
と思っている連中だ。 すると、どうする?
何が何でも借金を片つけなきゃいかん。
「あの男は落ちねえな」
と思わせるところにいかなきゃ
オトシマエがつかないだろう。
オレが引かない理由? プライドもあるだろう。
このまま尻尾を巻いたんじゃ、 あまりにもシャクだよな。
でも、それだけじゃない。 もっと上から見てみたら、
本当に負けちゃいけないって思えるんだよ。
このままじゃ、 世の中に正義ってもんがないってことになる。
「真実もクソもあるかい。 おもしろければいいじゃん」
ってやつばっかりのさばったら、 人間社会は終わる。
いくら腐っても、 どっかのところでは、
誰が悪いのか、 何がどうなているのかは、
きっちり白黒つけなきゃいかん。
うちの女房はいいことを言った。
「あなた、 FやKを憎んだところで、
今さら消えたお金と時間が返ってくるわけじゃない。
やらなきゃいけないことは、 ほかに山ほどあるわ。
かわいそうなヤツらだと思って、
こっちからパスしちゃいなさいよ。
あんまりあの人たちを
憎むことにかかわらないほうがいいわ。
憎んだら、 あなたまで持っていかれちゃうわよ」
そうだよな。
「世の中はみんな盗人だ」と思って、
いつもピリピリしてたんじゃ、 いい音楽はつくれない。
オレはだまされた自分のことがいやじゃない。
この純粋バカさ加減の矢沢がきらいじゃない。
そういうオレは甘ちゃんかもしれない。
でもオレはそれでいいと思っている。
長い年月で、 どっちが悲しい思いをするだろう。
オレじゃない。
オレを陥れるヤツのほうが、 悲しい思いをする。
オレは絶対そう信じている。
これは負け惜しみじゃなくて、 そう思う。
人間はいつか死ぬ。 だんだん年をとって、
体もゆうことをきかなくなってきて、
ふと若いころを振り返ったとき、
信頼してくれている人間を
陥れたことがあるなんて思い出したら、
それは気持いいもんじゃないよね。
負債と取り立て。 こいつは苦しい。
でも、オレは負けない。
何歳まで生きられるか知らないけど、
オレは役を与えられたんだ。
矢沢永吉という役を。
「そうだよなあー。 ケツまくって生きるのもスジか」
と思って、 でかい口あけて笑えるようになった。
オレは歌える。
借金を返すのに何年かかるかなんて、
そんなもん、たいしたことない。
死んだらほんとのおしまいなんだよ。
やっぱり。
矢沢永吉著「アー・ユー・ハッピー?」
(角川文庫2004年4月発行より)
押忍!
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