2018年6月23日土曜日

挨拶 礼儀作法の達人になる

…………………………………………
 挨拶には大切なことが3つある
…………………………………………

「敬」「謝」「謙」「譲」「和」という精神で
「礼」を行えば相手に通ずる。
日本では頭を下げるのが「礼」です。
握手するのも「礼」 の一つです。

形はいろいろ違って参りますけれども、
根本にそういう心を持つことが大事なんです。

その「礼」の中で、我々が日常一番
よく行っておるものは「挨拶」であります。

「挨」も「拶」も「触れる」とか「押す」
という意昧があります。

石と石が触れ合ったら火花が飛ぶ。
電気が触れ合うと稲妻が出る。

人間が触れ合ったときには、挨拶によって
人間関係はスムーズにいくんですね。
だから、挨拶にはじまって挨拶に終わるということは、
今更私がいうまでもないことです。



この挨拶に大切なことが3つある。



その1つは「時の宜しきを得る」ということ。


人間の心というものが最もよく表れるのは眼です。
目は口よりもものを言う。

眼というのは常に真実を物語っている。
だから礼をするときには、はじめに相手の目をよく見る。
そして頭を下げて起こしたときに、
もういっぺん相手の目を見る。

だから、目が合うということが大事。
相手を見ずに頭だけ下げるような礼のことを
「瞽礼(これい)」という。


中国の宴会に行って大切なのは
「カンペイ」ということです。

本当の「カンペイ」というのは、
盃を持ってまず相手の目をよく見る、
酒を飲み乾したら盃の底を見せて相手の目を見る。

それで言葉は通じなくても心はよく通じるんです。
犬と人間とも同じことで、お互いに目を見合うたら
言葉は通じないけれども心が通じるものなんです。



挨拶に大切なことの2つめは
「言葉の宜しきを得る」です。


「おはようございます」とか「こんにちは」とか、
そのときに応じて言棄を変える。
また「おはよう」「おはようございます」というように、
相手に応じて言莱を変える。

これを瞬時に判断をして適切な言葉を使う。
「言葉の宜しきを得る」とはこのことをいいます。



3つめは挨拶の内容が
道理に適っていること。


無茶な言葉を使わない、そういう挨拶を
「事の宜しきを得る」と申します。

侠客の挨拶を「仁義を切る」といいますね。
侠客というのは本来、強きをくじいて弱きを助ける。人
間の道義の根本をなすものは、義理と人情です。

だから、仁義に適った挨拶をする。
こちらが仁義に適った挨拶をしているのに、
向こうがそれに応じない場合は
「血の雨が降る」なんてことになるわけでありますな。
侠客は命よりも仁義というものを重んじているのです。


そういうことで挨拶には
3つの宜しきを得ることが大切である。

これを「挨拶の三宜(さんぎ)」といいます。


このことを幼少の時分から
繰り返し繰り返し行っておりますと
挨拶というものか身について、
どこから見ても麗しくなる良い躾がついてくる。

にわか仕立てではどことなしにぎこちない。
やっぱり幼少の時分から、
あるいはいつもこういうことを心掛けて
挨拶をいたしておりますと、
どこから見ても感じが良くなるものです。


『「人に長たる者」の人間学』 第2講 小人の学より


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押忍!

笑福亭鶴瓶さん

人気は高さじゃない、大事なのは長さ。笑福亭鶴瓶の言葉
心に響くMOVIE


(1)

自分が変わっていったら、結果として周囲が変わっていくんや

(2)

人が笑ってるときに戦争なんかするな

(3)

神様から「お前もなんかせい」と言われて人は生まれてきてるんや。だから、自分を信じるべきや

(4)

人の心を開かせる魔法があるのだとしたら、 それは「笑わせること」に尽きる

(5)

別にゴールデンタイムみたいな仕事だけが偉いんやないんです。小さな世界でも、そこで必要とされることに意味がある。そこから始まっていくんですよ

(6)

「これや、これが自分の仕事や」と思ったら、まずは必死でやること。そこで自分の型を作って、自分の世界を作って中心人物を目指すんです

(7)

自分の世界を持ち、自分の型を持たないとダメだ

(8)

二足のわらじを履くな、じゃなくて、いろんなわらじを履いた方がいい

(9)

人を傷つける笑いはほしくないですね

(10)

本当にあったことが一番おもしろい

(11)

嫌いとかいうのは、好きやから嫌いなんやろ。なんか気になるから嫌いになってしまうけど、やっぱり好きなんやろ、それは

(12)

俺に話しかけるとき、ちょっとみんな笑てはるやろ。山田洋次さんが「いいようなあ、鶴瓶さんは。寄って来たら、みんな笑ってる」と言ってた。俺、それ、望んでたんやもん。若いときから。自然にしてるというよりも、目指さないとできない

(13)

飛行機でスチュワーデスさんが「おしぼりでございます。おしぼりでございます。」って配ってはって、僕の所で「おしぼりでござる」って言わはったんです。だから「かたじけない」って僕が言うたら笑わはった。いや、ホンマに

(14)

(『笑っていいとも!』について)さんまとか、ほかの皆が降りたときに僕もタモリさんに『若い世代に譲りたい』と伝えたら、絶対だめだと言われたんです。すでにフジテレビにも伝えていたのですがタモリさんが電話してダメだと。そこまで言うなら番組が終わるまでタモリさんと一緒に居るわ、と思ったんです

(15)

落語は年間140席ほどやっていますが、『自分に一番影響を与えるのは自分である』という考えから、やる以上は素晴らしいものにしよう、自分の影響力を自分で感じながらひとつずつ上に行く気持ちを持ってやっています

(16)

自分の型を作り、それにこだわり続けること。あきらめずに自分を変えないで頑張っていると、ちゃんとだれかが見てくれてるもんなんです

(17)

人気は高さじゃない、大事なのは長さ

(18)

準備が出来ているから、チャンスをつかめる

(19)

これだっという道にこだわる。余計な計算はせず、まっすぐ進む

(20)

もっと、オモロなりたい


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魂は、、、

●吉田松陰●

幕末憂国の志士。名は寅次郎。禁を犯して海外渡航を企て、
獄に下る。のち萩に松下村塾を開き、子弟を教育する。
安政の大獄で刑死(1830~59)。


………………………………………………
 凡そ人一日この世にあれば、
 一日の食を喰らい、一日の衣を着、
 一日の家に居る。
 なんぞ一日の学問、一日の事業を励まざらんや
………………………………………………


安政元年3月28日、吉田松陰が牢番に呼びかけた。
その前夜、松陰は金子重輔と共に
伊豆下田に停泊していたアメリカの軍艦に乗り付け、
海外密航を企てた。

しかし、よく知られるように失敗して、
牢に入れられたのである。

「一つお願いがある。
それは他でもないが、
実は昨日、行李(こうり)が流されてしまった。
それで手元に読み物がない。
恐れ入るが、何かお手元の書物を
貸してもらえないだろうか」


牢番はびっくりした。


「あなた方は大それた密航を企み、
こうして捕まっているのだ。
何も檻の中で勉強しなくてもいいではないか。
どっちみち重いおしおきになるのだから」

すると松陰は、


「ごもっともです。
それは覚悟しているけれども、
自分がおしおきになるまでは
まだ時間が多少あるであろう。

それまではやはり一日の仕事をしなければならない。
人間というものは、一日この世に生きておれば、
一日の食物を食らい、一日の衣を着、
一日の家に住む。

それであるから、一日の学問、
一日の事業を励んで、天地万物への御恩を
報じなければならない。
この儀が納得できたら、是非本を貸してもらいたい」


この言葉に感心して、牢番は松陰に本を貸した。

すると松蔭は金子重輔と一緒に
これを読んでいたけれど、
そのゆったりとした様子は、
やがて処刑に赴くようには全然見えなかった。

松蔭は牢の中で重輔に向かってこういった。


「金子君、今日このときの読書こそ、
本当の学問であるぞ」


牢に入って刑に処せられる前になっても、
松蔭は自己修養、勉強を止めなかった。
無駄といえば無駄なのだが、
これは非常に重要なことだと思うのである。

人間はどうせ死ぬものである。
いくら成長しても、
最後には死んでしまうことに変わりはない。

この「どうせ死ぬのだ」という
わかりきった結論を前にして、
どう考えるのか。

松陰は、どうせ死ぬにしても
最後の一瞬まで最善を尽くそうとした。
それが立派な生き方として称えられているのである。


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「遊」(悟りの境地) さぁ遊ぶぞー(^^)

【今あるハッピーを感じるセンサー】



本田晃一氏の心に響く言葉より…


リアルタイムでハッピーを味わいつくす達人に、書道家の武田双雲くんがいます。

双雲くんは感謝とリアクションの天才です。

彼の様子を見ていると、周りの人も何だかうれしくなってしまいます。


たとえば一緒にごはんを食べに行ったりすると、双雲くんは、料理を食べた瞬間「う…うまい!」とか言って、箸を落とすんです。

周りに人がいっぱいいるお店で、このオーバーリアクション!

ごはんの時だけじゃありません、雨が降ってくると、「この水の感触…最高!」とか、いきなり言います。

僕はいつも、ちょっとびっくりしてしまうんですけど、そんな時の双雲くんは、とっても幸せそう。

そして、そんな彼を見て、僕も何だか楽しい気持ちになってきます。


こう話すと、皆さんは少し驚いてしまうかもしれません。

でも、僕たちはみんな、子どもの頃は双雲くんみたいに「今、目の前にあるラッキー」をキャッチする達人でした。

滑り台を発見すると、「滑り台滑りたい!」って思った瞬間、駆け出して、僕たちは全力で「今ここにあるハッピー」を味わいつくしていたと思います。


好きなことって、いつも理屈では決まらないものです。

でも、子どもから大人になるにつれて、「好き」という感情を正当化するために、いろいろな理屈をこねるようになっていきます。

テストでいい点数を取るとか、知識を身につけるとか、偏差値の高い大学に入るとか、高い収入を得るとか、そういう「定量化・数値化できる幸せ」の総量を増やすことが正義、という価値観がインストールされていくからです。


すると、かつてあった「今あるハッピーを感じるセンサー」が鈍くなっていきます。

実はこれって、運気を下げるもとなんです。

なぜなら僕たちは、心が目の前に運ばれてきた「運」を気持ちよく受け取る状態に切り替わっていないと、ご機嫌に受け取れないからです。

楽しく受け取れなければ、ハッピーもラッキーも、やってきません。


子どもの頃は「行動すること自体」が目的でした。

はしゃいだ瞬間、うれしいことや楽しいことがどんどんやってきていました。

だから、僕たちって本当は生まれながらに「超強運」なんです。

でも、成長するにつれて「行動すること」ではなくて、「知識を身につけること・頭で考えること」を目的にするようになります。

知識や思考って、目的じゃなくて、行動した時にスムーズにいろいろなことを進めていくための、「手段」だったのに、不思議ですよね。

幼い頃のように「なんか知らないけど、目の前にあるハッピー」を味わう、ニュートラルな自分に戻ると、「運」が舞いこんできます。


『なんか知らないけど、強運が舞いこむすごい習慣』SB Creative 




大人になると、たいていの人は「驚く力」を失ってしまう。

「驚く力」は、感動する力でもあり、共感する力でもあるし、ワクワクする力でもある。

子どもは、無邪気で、天真爛漫(らんまん)、好奇心いっぱいで、目をキラキラさせて毎日を感性豊かに生きている。


「遊びをせむとや生まれけむ

戯(たはぶ)れせむとや生まれけむ

遊ぶ子供の声聞けば

我が身さへこそゆるがるれ」

『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)の中の言葉だ。


子どもたちは、遊びをしようとして生まれて来たのであろうか。

面白がったり、ふざけたりしようとして生まれてきたのか。

無邪気に遊んでいる子どもたちの声を聞くと、自分までワクワクして、心や体が動きそうになってしまう。


大人になっても…

今あるハッピーを感じるセンサーを研ぎ澄ませておきたい。



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押忍!

今日の言葉 稽古

仕事にも人生にも締め切りがある。
ダラダラと仕事をしても上達しません。

今年は絶対にこの仕事を覚えるという目標を立てて努力する
━━━━━━━━━━━━━━
道場六三郎(銀座ろくさん亭主人)
月刊『致知』7月号「人間の花」【最新号】より

拳立て三十回です。


本日、私は予定通りに浜松西伊場道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。

宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

合気道

「合気道開祖 植芝盛平」

合気道とは、敵と戦い、敵を破る術ではない。
世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。

合気道の極意は、己を宇宙の動きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させる事にある。

合気道の極意を会得したものは、宇宙がその腹中にあり『我は即ち宇宙』なのである。

私はこの事を武を通じて悟った。

敵が『宇宙そのものである私』と争おうとする事は、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。

即ちわたしと争おうという気持ちを起こした瞬間に、敵はすでに破れているのだ。合気道は無抵抗主義である。

無抵抗なるが故に、はじめから勝っているのだ。

邪気ある人間、争う心のある人間ははじめから負けているのである。

では、如何にしたらその邪気を払い、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?

それにはまず、神の心を己の心とする事だ。

それは、上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまで及ぶ、偉大なる『愛』である。

『愛は争わない』『愛には敵がない』何ものかを敵とし、何ものかと争う心は既に神の心ではないのだ。

これと一致しない人間は、宇宙と調和できない。

だから、武技を争って勝ったり負けたりするのは真の武ではない。

真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。

即ち絶対不敗とは、絶対に何ものとも争わぬ事である。

勝つとは己の心の中の『争う心』に打ち勝つ事である。

与えられた自己の使命を成し遂げる事である。

植芝盛平先生


押忍!

2018年6月22日金曜日

人は人の間に生きて人間となる

【人は喜ばれるために生まれてきています】
 

 

私たちは、生き長らえることがテーマなのではありません。
 

また、生きている間に何をやったかではなく、
 
『何のためにやったか』『生きている間にどう喜ばれたか』だけです。
   
『喜ばれること』をやっていれば、
神仏が支援の側に回る可能性があります。
 

人は、頑張る為に生まれてきたのではなくて、
  
人の間に喜ばれる為に生まれてきているから
「人間」なのです。 
 
『喜ばれると嬉しい』という本能に目覚めた「ヒト」だけが 
『人間』に意識が変わるのです。 
 

人は自分だけの欲望に執着して生きているときは「ヒト」なのです。

 
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押忍!

父親の役割

実は私石黒の父親も今から約40年程前、私が極真会館に入門後程なくして極真の道に入門致しました。
(当時の極真で3級の緑帯まで取得)

(当時40年程前の極真空手。
道場内での決まり事は現在の比ではなく絶対であり、
親子であろうが少年部であろうが先に入門した方が先輩、
親父も道場の中では私の事を先輩としてしっかりと立ててくれておりました。)

当時地方支部とはいえ約40年程前の極真空手道場、
現在とは確かに厳しさが厳かさが段違いに違っておりました。
(あの当時の極真を知っている大先輩方なら首を大きく縦にに振っていただける事実であると確信致します。)

勿論、
組手に於いてもサポーターなど一切なく、
一緒に稽古をしている私の目の前で、
親父は汗みどろ血まみれになりながら稽古を続けておりました。

(時には私の目の前で悶絶して苦しんで倒れている親父の姿を何度も見ました。)

その親父の壮絶な姿を見ながら感じながら、
いわゆる極真 少年部時代を私は過ごしたのであります。

(今現在の極真空手道場しか知らない方は信じられないかも知れませんが、
当時の極真では少年部は単なるお飾り、
道場には私の他に1〜2名の少年部が在籍しているに過ぎませんでした。)

そんな状態で親父と一緒に汗をかき毎回毎回の稽古をこなしておりました。

賛否両論あるとは思いますが、

そんな親父の後ろ姿を見せる「無言の教育」方法

いまこの歳(48歳)になって果たして私に出来るのだろうか?、と日々自問自答を繰り返しております。

実は私の親父は教育者(高校教師、現在は定年を迎えております)であります。

皆様におかれましては随分と私が熱心に教育されたとお思いになるかもしれませんが、

私の記憶に残る範囲では一度も「勉強しろ」とか「稽古しろ」とか言われたことはありません。

(ただ人の道に外れた事は絶対に許されれませんでした。)

私の記憶に残っているのは、
ただただ汗みどろ血まみれになりながら、
私と一緒に稽古を黙々と続けている親父の後ろ姿のみなのであります。

「後ろ姿を見せる無言の教育」

子育てにおける所の「父親」のスタンスはひょっとしたらこれだけで良いのではないか、とさえ最近考えてしまっております。

(勿論、親父は決してただそれだけで無く、
自分が道から外れそうになる度に現在でも厳しく叱咤してくれ、
力尽くで正しい道へ引き戻してくれております。
ありがとうございます!(^^))

「率先垂範」

使い古された言葉ではありますが身に染みている今日この頃であります。

そういえば、
師匠 大山倍達総裁も私が内弟子時代の3年間、
特別な用事が無い限り週に3回〜4回は現場道場にて稽古を付けて下さいました。

そしてその稽古中、
門下生の誰よりも汗をかき身体を動かし情熱的に稽古をされていたのも大山総裁でありました。


いつもありがとうございます。


今後ともどうか宜しくお願い致します。



押忍 石黒康之

今日の言葉 稽古

目に見える結果だけに目を奪われるのではなく、そのプロセスから何を学ぶか。

そこに大事な秘密が隠されている
━━━━━━━━━━━━━━
アインシュタイン
月刊『致知』より

拳立て二十九回です。


本日、私は道場経営運営業務のために豊橋道場、幼少年少女部、師範稽古ともに川合指導員の代稽古となります。

宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

悪口 愚痴 泣き言 恨みなどを絶対に言わない

【人の悪口を言わないための修業】


斎藤一人さんの心に響く言葉より…


不安な人って結局ね、神様を信じてないんです。

神様がいるんだってことを信じてない。

でも、この宇宙には歴然たる法則というのがあって、人の悪口を言いながら幸せになるとか、不安なことを考えながら幸せになるとか、そんなことはできないようになってるんだよ。


一人さんってね、下心なく人のことを褒めるんです。

それに、お弟子さんが困ってたり、お手伝いが必要だなって人がいたりすると、私は飛んで行って手伝います。

それで一人さんに何かいいことあるんですかっていうと、どういうことが起きるかまではわからないけど、必ずいいことがあるんです。

そういうものなんだよ。


ただ、もしごほうびがなかったとしても、お手伝いをした人から喜ばれるだけでいいことだよね。

周りの人に喜ばれるだけで、私も幸せな気持ちになれるんです。

この世の中っていうのはね、まずは自分の周囲、簡単に言えば周り近所の人に喜ばれることしかない。


私はいつも「自分も人もゆるそうね」って言うんだけど、人をゆるしましょうって言ったって、それはあなたの周り近所にいる人に対してだけなんです。

別に、ヒットラーをゆるせとか、そういう話じゃないよ。

だって、ヒットラーはあなたの側にいないでしょ。

あなたの側にいるのは、口うるさいお姑(しゅうとめ)さんだとか、近所のおじさんくらいだよね(笑)。


もし会社が嫌なんだとしたら、会社を辞めちゃえばいいし、嫌な人とは付き合わなきゃいいんだよね。

で、どうしてもその相手と付き合わなきゃならないんだとしたら、それは文句や愚痴を言わない修行なんです。

相手がいくら悪口を言っても、自分は言わない。

あのね、嫌なことが起きるということは、ちょっと嫌なことあると人の悪口を言ったりするからなの。

自分がそういう性格だから、嫌なことを引き寄せてくるんです。

人の悪口とか、愚痴やなんかを言わなくなると、人生は必ず変わるよ。

自分が変われば、すべて変わるようになってるんです。


どうしてですかっていうと、神様がそういう仕組みを作ったんだよね。

あぁ、これは人の悪口を言わないための修業だなってわかれば、人生はパッといい方向へその瞬間に変わります。


この世の中は、人を変えようとするからおかしくなっちゃうんです。

私なんて、もし週刊誌で自分の悪口を書かれたとしても、「この週刊誌、売れるといいね」って言います(笑)。

あのね、悪口を言うってことは、自分の畑に唐辛子(とうがらし)の種をまいてるのと同じなんです。

人から悪口を言われて、こっちも言い返しちゃうと、言ったぶんだけ自分の畑に唐辛子の種をまくようなものだから、それを刈り取らなきゃいけなくなる。


ピリッと辛くて目にしみるような出来事が嫌なんだったら、最初から唐辛子の種をまかなきゃいいんです。

念のために言っておくけど、唐辛子がいけないってわけじゃないよ。

これはたとえ話だからね(笑)。


『斎藤一人 俺の人生』マキノ出版






斎藤一人さんはこう語ります(本書より)。

『普通、「これはさすがに黙っていられないな」ってくらい嫌なことをされると、つい文句を言っちゃう。

でもね、それでも言わないでいると、神様のごほうびがもっともっと多くなります。

ものって考えようなんだよ。

こんなに嫌なことされたんだから、堪忍袋の緒が切れてもしょうがないって。

そんなふうに判断して、つい文句を言っちゃう。

つい堪忍袋の緒が切れるような難しい問題を神様から出されると、みんなすぐひっかかっちゃうんです。

だけど、そこでひっかからない。

そうすると、得点が高いんだよ。

難しい問題でも、サラっと答えに愛が出せると、すごいごほうびがもらえる』


世の中にはひっかけ問題が本当に多い。

ここまでひどいのだから、文句を言ってもいいだろう、と思わせる出来事などだ。

言うにしても、愛ある言葉で、愛ある態度で、愛ある表情で、言うならいい。

しかし、鬼のような形相で怒鳴ったり、相手を傷付けるようなひどいことを言ったら、ひっかけ問題にひっかかってしまったということだ。


人の悪口を言わないための修業を、日々実践をしたい。




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押忍!

嫌われてもいいや

『 嫌われてもいい 』
   
  
「嫌われてもいいや」
 
「軽蔑されてもいいや」
 
「笑われてもいいや」
 
「馬鹿にされてもいいや」
 
「見下されてもいいや」
  
  
って思えるようになると
 
どんどん楽しく、
 
楽になってくる。
  
  
    
自分がどう思われているか、
 
っていうことを考える時間を、
 
丹念に減らしていくことが
 
どうやら大事らしい。


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押忍!

我が師の教え

私の原点である「わがカラテ 武道教育」(講談社)

今一度、師の教えを読み返しております。


押忍 石黒康之

武道教育

私の原点である「わがカラテ 武道教育」(講談社)

今一度、師の教えを読み返しております。


押忍 石黒康之

2018年6月21日木曜日

極真空手 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 蒲郡道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

教育道

教育道

「怒るんじゃなく、叱るんじゃなく、教える」


怒るのは、我・エゴ

叱るのは、愛情

教えるのは、先に生まれし経験体験した者の使命 ・義務

淡々と分かるまで、
教え育つまで、
何度でも根気よく教え続ける道

「教育道」


押忍 石黒康之

教育道

教育道

「怒るんじゃなく、叱るんじゃなく、教える」 

怒るのは、我・エゴ 

叱るのは、愛情 

教えるのは、先に生まれし経験体験した者の使命 

淡々と分かるまで、 
教え育つまで、 
何度でも根気よく教え続ける道 


「教育道」 


押忍                                 石黒康之




教育道

「怒るんじゃなく、叱るんじゃなく、教える」

怒るのは、我・エゴ

叱るのは、愛情

教えるのは、先に生まれ経験体験した者の使命

淡々と分かるまで、
教え育つまで、
何度でも根気よく教え続ける道

「教育道」


押忍 石黒康之

立ち上がれ日本人 日本人よ、誇りを持て!

【世界最高齢首相からのメッセージ】



世界最高齢首相、マハティール・モハマド氏の心に響く言葉より…


発展途上国であるマレーシアは、日本から多くのことを学びました。

首相に就任した1981年、私は「ルック・イースト政策(東方政策)」を国策として採用しました。

これは第二次世界大戦で焼け野原となった日本が、たちまちのうちに復興する様から学ぼうとした政策です。


かつて読んだソニーの盛田昭夫元会長の本に描かれた、日本国民の強い愛国心と犠牲を払っても復興にかける献身的な姿は、私に深い感銘を与えました。

労働者は支給される米と醤油だけで一生懸命働き、近代的な産業を育てるため寝る暇を惜しんで技術を磨いていったのです。

日本人の中でも私がとりわけ尊敬するのは、戦後の日本を築いた盛田昭夫氏と松下幸之助氏です。

いずれも先見性を持ち、パイオニア精神と失敗を恐れずに挑むチャレンジ精神、そして独自の考えとやり方で技術革新を生みました。

さらには日本の経済成長を助けるマネージメント能力を兼ね備えていたのが、彼らのすばらしいところです。


日本が明治維新後に近代化の道をたどりはじめたころ、西側諸国は単にアジア諸国の産品ほしさのために植民地を企て、次々と成功を収めていったのです。

19世紀半ばにアジアで独立国として残ったのは日本とタイだけというありさまでした。

そんななかで日本は欧米の覇権主義をかわし、新たな行政システムを導入し、経済を近代化していきました。

江戸から明治へ。

歴史的にみて、明治維新は日本にとって大きな転換点でした。

明治天皇の時代に下された決断の数々は、多くのことを教えてくれました。

そしてその決断を実行した明治の先人を、私は心から尊敬しています。

多くの日本人が当時、産業技術を習得するため欧州に送り込まれました。

日本は瞬く間に欧州と同じレベルの産業の技術と、商いの方法を身につけました。

さらには日本を統治しようとする欧州人の試みすら、1905年、近代化された海軍によってロシア軍を決定的に打ち負かすことで見事に粉砕してしまったのです。


その時、日本は東アジアで尊敬される存在となりました。


マレーシアは、日本が成功した要因をひとつひとつ発見していきました。

それは愛国心、規律正しさ、勤勉さであり、能力管理のシステムでした。

政府と民間企業の密接な協力も見逃せません。

私たちはこれらのやり方をまね、文化をも吸収しようとしたのです。

そして自他共に求めるように、マレーシアは他のどの発展途上国より大きく発展しました。

2300万人余りの人口しか持たない小国が世界第18位の貿易国に成長したことは、マレーシア人にとって大変な誇りです。


『立ち上がれ日本人』新潮新書




マハティール氏は、現在92歳。

今年、5月10日に15年ぶりに首相として再登板した。

その前は22年間、首相としてマレーシアを高成長に導いた。

そして、初の外遊先は、他のどの国でもなく、日本を選んだ。


マハティール氏はこう述べた(本書より抜粋)。


『中国におびえるな、米国に盲従するな、日本人よ、誇りを持て!』 


『日本はなぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。

一体、いつまで謝罪外交を続けるのか。

そして、若者は何を目指せばいいのか…。

日本人には勤勉な血が流れている。

自信を取り戻し、アジアのため世界のためにリーダーシップを発揮してほしい』


そして、2002年11月、マレーシアを訪れた東京都立国際高校の修学旅行生に対して、

『あなたたちには日本人の勤勉な血が流れているのだから、誇りに思いなさい』と、上記のようなスピーチをした。

茶髪の高校生たちは、マハティール氏の言葉に「感動した。こんなことを言ってくれる日本の政治家はいない」と感激し、握手をして泣く子どもたちもいたという。


今、マハティール氏が思ってくれているような、勤勉でよき習慣を持つ日本人がどれだけいるか、はなはだ心もとないが、現代に生きる我々の目を覚まさせてくれる言葉の数々だ。

「立ち上がれ日本人」

「日本人よ、誇りを持て!」という言葉をかみしめたい。




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今日の言葉 稽古

目標を達成するためには犠牲にしなければならないものもある。

一旦決めたら死んでもやり遂げるという気概がないと、大成しないのです
━━━━━━━━━━━━━━
ジーコ(サッカーブラジル元代表/日本代表元監督)
月刊『致知』より

拳立て二十七回です。

本日、私は予定通りに蒲郡道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

国際空手道連盟 極真会館 四段位

本年(2018年)お正月、
年頭の極真会館 総本部 冬合宿時に昇段審査会を受審させて頂き、
なんとか国際空手道連盟 極真会館の四段位を総本部 松井館長よりご許可して頂く事が出来ました。

本当にありがとうございます。

心より感謝申し上げます。


昇段にあたり、
自分自身に果たしてその帯、段位の実力、人間性が本当にあるのだろうかと日々自問自答を繰り返しております。


四本の金線が付く極真の黒帯、また認定状


昇段のたびに毎回のことですが、
未だに神棚に上げたままで、
現場道場で締める勇気が出て参りません。


年頭一月の昇段審査会からはや半年


今一度、気持ちを引き締め初心に立ち返って自身の稽古の見直しを図りたいと思います。


本心から、
自分自身が極真の四段位であるという事が夢のようであります。


次の目標は当然ながら国際空手道連盟 極真会館の五段位受審


がんばります!


いつもありがとうございます。


押忍 石黒康之

2018年6月20日水曜日

人間は生まれてきた瞬間に死ぬことが決まっている。死を見つめることによってのみ生を輝かせることが出来る。

【考え方を変えれば、病気は病気でなくなる】

 
病気は自分が病気だと思い込んでいるから病気なのであり、
病気だと思わなければ病気でなくなる。

 
例えば人間を死に至らしめるものを病気と呼ぶなら、
生まれてくること自体が病気だと言えるでしょう。

 
人間はみんな、生まれたとたん、死に向かって時を刻み始めます。

でも生まれたこと、年をとることを病気と呼ぶ人はいません。
それを病気だと考える人がいないからです。

  
年をとって老眼になっても、年をとったから当然のことと、
誰も病気だとは思いません。
目が見えにくくて不自由だから眼鏡を使わなくてはいけないな、と考える程度です。

 
でも眼鏡がなかったらどうでしょう。老眼も立派な病気かも知れません。

生まれつき目が見えない人だって、周囲の人が「目が見えないのはおかしい」と教えなければ、目が見えない状態が当たり前です。

要するに、
現れている症状が病気であるかどうかは自分で決めているに過ぎず、

 

考え方を変えられれば病気は病気でなくなるのです。

そうなれば、病気の悩みや苦痛から解放されることもあるかも知れません。

 

今から十五年ほど前、霊感の強い知人から、亡くなった母のメッセージをもらったことがあります。

 
『今こちらで元気にやっているから、あなたは心配しないでいいのよ。
あなたはお医者さんだから、大切な事を教えてあげる。

 

病気というのはその人が病気だと思うから病気なのであって、
病気だと思わなければ病気でも何でもないのよ』というメッセージでした。

このメッセージを読んだとき私は正にその通りだなと納得しました。

「こっちで元気にやっているから」という母のメッセージを信じるなら、
死んだ後に行く世界があるのかも知れません。

 
死んで全てが終わるわけではない、
次の世界に行き、新しい生命として生まれ変わるのだと考えることができれば、死ぬのが怖くなくなるでしょう。

次の世界を信じるなら、

 

病気は、あるときは早く自分の間違いを正しなさいというメッセージであり、

あるときはそろそろ次の世界に行く時間だから準備しなさいというメッセージでもあるのです。

 

そう考えれば病気は決して悪いモノではありません。

病気を悪いモノに捉えてしまうのは、メッセージを受け取る側の問題です。

何歳くらいまで生きたいのか、何を目的に生きるのか、どういう風に死んで行けたら幸せかと言うことを真剣に考えていれば、

 

病気になったとき
「もう少し長く行きたいから自分の生活を変えよう」と前向きに考えることが出来るでしょう。

 

あるいは「自分のやるべき事は終わったからそろそろ死ぬ準備をしようかな」と自分の人生に満足して安らかに天寿を全うすることが出来ます。

でも今の時代、いざ病気になっても、

 

どうして自分は病気を治したいのか、
治して残りの人生をどう生きたいのか,
が分からないから、中々自分の間違いを正すことが出来ません。

 

たばこを止めることも、
食生活を改善することも、
仕事をセーブすることも出来ないのです。

そうしている内に病気は重くなり、死にそうになったとたん

「治りたい。まだ死にたくない」と言って病院に駆け込み医者に依存します。

 

人間はいつかは必ず死ぬことを自覚し、自分の生と死について考えてみることはとても大切なのです。

 

 

東京女子医大附属
青山自然医療研究所
クリニック所長
川嶋 朗 著「見えない力で健康になる」より

 
Facebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

褒める? 叱る? 感謝する?

「ほめずに叱らずに人を動かす」というお話です。

_______

基本的には「ほめる」に賛成なのですが、一方、ほめるというのは本当に難しいことだというのも事実です。

認知的不協和があるからです。

よく絵を描く子ともに「上手に描けたね」「えらいね」などと声をかけるほめ方は、あまり感心しません。

絵を描く子は、描きたいから描いているのです。これを「内発的動機」と呼びます。

ご褒美や名声などの外的理由ではなく、自分の内部から「やる気」が湧き出している状態です。

内発的動機には根拠がありません。好きに理由などないのです。

それなのにまわりの大人は、ついついほめてしまいます。

すると「絵を描くのが好き」ではなく「ほめられたいから描いている」と、自分の行動の意味が変化してしまいます。

単にほめられたいだけなら、ほかのことでもいいわけです。ですから、「絵を描く」という手段を選ばなくなります。これはもったいないことです。

せっかく興味を持っていたのに。

ほめたいからほめる、しかりたいからしかる――。これは単なる親のエゴです。ヒトは高度な認知を備えているからこそ、安易にほめることは有効ではありません。

とはいえ、こうした理想教育論ばかりを掲げたところで、読者の多くは「そんな繊細な育児方法は私にはムリ」と思われるかもしれません。

実際、私も理想からは程遠いのが現実です。そんなときはせめて「笑顔で子どもに接する」ように心がけるのです。

例えば、片づけなくて困ったときは、イライラして「なぜ片づけないの!」とか「片づけないならもう遊ばせない」などと怒鳴っては逆効果です。

ぐっと気持ちを抑えて、笑顔で楽しそうに、まず自分から片づけはじめてみましょう。

それだけで、きっと子どもは寄ってきます。「楽しそうに何してるんだろう」と。そうしたら、しめたものです。「どう?一緒にやる?」。そう声をかけるだけでよいのです。

遊びでも家事でも、親が楽しそうにやっているものに、子どもは自然と興味を持ち、マネをしたがるものです。

こうした方法で、一度もしからずに、自然と片づけられるようになる、つまり内面化が成立することが証明されています。



パパは脳研究者
池谷裕二 著
クレヨンハウス
_______


アドラーは、「褒める」や「叱る」を否定し、「勇気づけ」を薦めています。

勇気づけとして、「ありがとう(感謝)」「うれしい(喜び)」「助かるよ(貢献感)」「だいすき(愛情)」などを伝える言葉があります。

褒められてやる子は、褒められないとやらない子になります。

次第に、大げさに褒めないとやらなくなり、最終的には褒めちぎってもやらなくなります(笑)

叱られてやる子は、叱られないとやらない子になります。

次第に、きつく叱らないとやらなくなり、最終的には怒鳴り散らしてもやらなくなります。

アメとムチの末路はだいたいこうなるのです。

これは、親子だけでなく、あらゆる組織で言えることです。

そして、

もし褒めるとしたら、人柄を褒める。

もし叱るとしたら、行ないを叱る。

また、何かを手伝ってほしいときは、「手伝って」と言われるよりも、「お手伝いができる子になって」と言われたときのほうが30%近く手伝う子になり、

悪いことをしてほしくないときは、「悪いことをしないで」と言われるよりも、「悪いことをする人にはならないで」と人格に訴える言い方のほうが、悪いことをする被験者は半分になったという実験もあります。

「飲んだら乗るな」よりも「酔っ払い運転手になるな」のほうが良いということです。

そして、褒めるや叱るより、もっと重要なのは、以下のアドラーの言葉、

「『よくできたね』と褒めるのではなく、『ありがとう、助かったよ』と感謝を伝える。

感謝される喜びを体験すれば、自ら進んで貢献を繰り返すだろう」

感謝を伝え、楽しそうにやっている姿を見たら、やらずにはいられなくなるでしょうね♪

※魂が震える話より


相田公弘様Facebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

極真空手 豊橋 湖西 武道空手道場

本日の極真 豊橋 湖西 各道場の風景です。

本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」 | 横濱の極真空手師範 羽田シゲルのブログ

お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」 | 横濱の極真空手師範 羽田シゲルのブログ
実は私石黒の父親も今から約40年程前、私が極真会館に入門後程なくして極真の道に入門致しました。
(当時の極真で3級の緑帯まで取得)

(当時40年程前の極真空手。
道場内での決まり事は現在の比ではなく絶対であり、
親子であろうが少年部であろうが先に入門した方が先輩、
親父も道場の中では私の事を先輩としてしっかりと立ててくれておりました。)


当時地方支部とはいえ約40年程前の極真空手道場、
現在とは確かに厳しさが厳かさが段違いに違っておりました。
(あの当時の極真を知っている大先輩方なら首を大きく縦にに振っていただける事実であると確信致します。)


勿論、
組手に於いてもサポーターなど一切なく、
一緒に稽古をしている私の目の前で、
親父は汗みどろ血まみれになりながら稽古を続けておりました。

(時には私の目の前で悶絶して苦しんで倒れている親父の姿を何度も見ました。)


その親父の壮絶な姿を見ながら感じながら、
いわゆる極真 少年部時代を私は過ごしたのであります。

(今現在の極真空手道場しか知らない方は信じられないかも知れませんが、
当時の極真では少年部は単なるお飾り、
道場には私の他に1〜2名の少年部が在籍しているに過ぎませんでした。)

そんな状態で親父と一緒に汗をかき毎回毎回の稽古をこなしておりました。



賛否両論あるとは思いますが、

そんな親父の後ろ姿を見せる「無言の教育」方法


いまこの歳(48歳)になって果たして私に出来るのだろうか?、と日々自問自答を繰り返しております。


実は私の親父は教育者(高校教師、現在は定年を迎えております)であります。


皆様におかれましては随分と私が熱心に教育されたとお思いになるかもしれませんが、

私の記憶に残る範囲では一度も「勉強しろ」とか「稽古しろ」とか言われたことはありません。 

(ただ人の道に外れた事は絶対に許されれませんでした。)


私の記憶に残っているのは、
ただただ汗みどろ血まみれになりながら、
私と一緒に稽古を黙々と続けている親父の後ろ姿のみなのであります。


「後ろ姿を見せる無言の教育」


子育てにおける所の「父親」のスタンスはひょっとしたらこれだけで良いのではないか、とさえ最近考えてしまっております。

(勿論、親父は決してただそれだけで無く、
自分が道から外れそうになる度に現在でも厳しく叱咤してくれ、
力尽くで正しい道へ引き戻してくれております。
ありがとうございます!(^^))


「率先垂範」

使い古された言葉ではありますが身に染みている今日この頃であります。


そういえば、
師匠 大山倍達総裁も私が内弟子時代の3年間、
特別な用事が無い限り週に3回〜4回は現場道場にて稽古を付けて下さいました。


そしてその稽古中、
門下生の誰よりも汗をかき身体を動かし情熱的に稽古をされていたのも大山総裁でありました。




羽田師範、素晴らしいブログをありがとうございました。


心より感謝申し上げます。



押忍                                     石黒康之







お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」

白帯を締めて、黒帯の息子との入門記念写真。

梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすような、

嬉しいことがありました。

十数年前、2人の息子に極真の道を授け、

黒帯を締めるまでサポートした

お父さんが入門しました。

この春、兄が晴れて社会人となったのを機に、

息子たちが経験した極真空手を体感するため、

極真の門を叩いたそうです。

子どもが先に進んだ道を、

イチから始めるのは中々出来ることではありません。

本当にカッコいい、カッコつけないお父さん、

漢です。

同じことを私が出来るのか、

自信がありませんが、

そんな父親を目指します!

尊敬します。

弟が社会人になったら、

お母さんもお待ちしています(笑)

☆当支部主催の、

10回神奈川県空手道で選手権大会

"KARATE横浜カップ2018"

は、91日(土)横浜文化体育館で開催します。

☆☆☆ Shigeru Haneda @ameblo ☆☆☆☆

********************* ********************* *********************

今日のブログはここまで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます

私が支部長を務める、

横浜港南支部公式webサイトも是非ご覧下さい。

 http://www.dawing.com/kyokushin/

☆道場生・保護者のみなさんからの声

↓↓↓

https://goo.gl/99WoJs

☆極真会館横浜港南支部は、

極真会館(館長/松井章奎)の正式な支部です。

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お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」 | 横濱の極真空手師範 羽田シゲルのブログ

お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」 | 横濱の極真空手師範 羽田シゲルのブログ
実は私石黒の父親も今から約40年程前、私が極真会館に入門後程なくして極真の道に入門致しました。

(当時40年程前の極真空手。
道場内での決まり事は現在の比ではなく絶対であり、
親子であろうが少年部であろうが先に入門した方が先輩、
親父も道場の中では私の事を先輩としてしっかりと立ててくれておりました。)


当時地方支部とはいえ約40年程前の極真空手道場、
現在とは確かに厳しさが厳かさが段違いに違っておりました。
(あの当時の極真を知っている大先輩方なら首を大きく縦にに振っていただける事実であると確信致します。)


勿論、
組手に於いてもサポーターなど一切なく、
一緒に稽古をしている私の目の前で、
親父は汗みどろ血まみれになりながら稽古を続けておりました。

(時には私の目の前で悶絶して苦しんで倒れている親父の姿を何度も見ました。)


その親父の壮絶な姿を見ながら感じながら、
いわゆる極真 少年部時代を私は過ごしたのであります。

(今現在の極真空手道場しか知らない方は信じられないかも知れませんが、
当時の極真では少年部は単なるお飾り、
道場には私の他に1〜2名の少年部が在籍しているに過ぎませんでした。)

そんな状態で親父と一緒に汗をかき毎回毎回の稽古をこなしておりました。



賛否両論あるとは思いますが、

そんな親父の後ろ姿を見せる「無言の教育」方法


いまこの歳(48歳)になって果たして私に出来るのだろうか?、と日々自問自答を繰り返しております。


実は私の親父は教育者(高校教師、現在は定年を迎えております)であります。


皆様におかれましては随分と私が熱心に教育されたとお思いになるかもしれませんが、

私の記憶に残る範囲では一度も「勉強しろ」とか「稽古しろ」とか言われたことはありません。 

(ただ人の道に外れた事は絶対に許されれませんでした。)


私の記憶に残っているのは、
ただただ汗みどろ血まみれになりながら、
私と一緒に稽古を黙々と続けている親父の後ろ姿のみなのであります。


「後ろ姿を見せる無言の教育」


子育てにおける所の「父親」のスタンスはひょっとしたらこれだけで良いのではないか、とさえ最近考えてしまっております。

(勿論、親父は決してただそれだけで無く、
自分が道から外れそうになる度に現在でも厳しく叱咤してくれ、
力尽くで正しい道へ引き戻してくれております。
ありがとうございます!(^^))


「率先垂範」

使い古された言葉ではありますが身に染みている今日この頃であります。


そういえば、
師匠 大山倍達総裁も私が内弟子時代の3年間、
特別な用事が無い限り週に3回〜4回は現場道場にて稽古を付けて下さいました。


そしてその稽古中、
門下生の誰よりも汗をかき身体を動かし情熱的に稽古をされていたのも大山総裁でありました。




羽田師範、素晴らしいブログをありがとうございました。


心より感謝申し上げます。



押忍                                     石黒康之







お父さんの入門「息子たちの経験を体感したい」

白帯を締めて、黒帯の息子との入門記念写真。

梅雨の鬱陶しさを吹き飛ばすような、

嬉しいことがありました。

十数年前、2人の息子に極真の道を授け、

黒帯を締めるまでサポートした

お父さんが入門しました。

この春、兄が晴れて社会人となったのを機に、

息子たちが経験した極真空手を体感するため、

極真の門を叩いたそうです。

子どもが先に進んだ道を、

イチから始めるのは中々出来ることではありません。

本当にカッコいい、カッコつけないお父さん、

漢です。

同じことを私が出来るのか、

自信がありませんが、

そんな父親を目指します!

尊敬します。

弟が社会人になったら、

お母さんもお待ちしています(笑)

☆当支部主催の、

10回神奈川県空手道で選手権大会

"KARATE横浜カップ2018"

は、91日(土)横浜文化体育館で開催します。

☆☆☆ Shigeru Haneda @ameblo ☆☆☆☆

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今日のブログはここまで。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます

私が支部長を務める、

横浜港南支部公式webサイトも是非ご覧下さい。

 http://www.dawing.com/kyokushin/

☆道場生・保護者のみなさんからの声

↓↓↓

https://goo.gl/99WoJs

☆極真会館横浜港南支部は、

極真会館(館長/松井章奎)の正式な支部です。

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我・エゴは魂の周りにまとわりつく汚れ

思い(我・エゴ)を取り、お任せ(天の意思)で生きる。

他人様(天の意思)からの頼まれごとは、
試されごと。予測を上回る事をしてこたえる。

天命(天の意思)に任せて人事を尽くす。

鏡(かがみ)の前で我(が)を取り神(かみ)になる。


押忍 石黒康之

人間も常にアップデートが必要

【さらば、GG資本主義】



藤野英人氏の心に響く言葉より…


高齢化社会と成長との関係性について考えるうえで、非常に示唆的だなと思ったエピソードがあります。

私のベンチャーファイナンスの先生である、斉藤惇(あつし)さんとお話ししたときに、聞いた話です。

斉藤さんは野村證券の副社長、東京証券取引所の社長などを歴任された辣腕の実業家で、年齢は70代後半。

彼は、こんなふうに言っていました。


「私は40代のころ、自分が前に出ようとしたら先輩たちから止められた。

『君はまだ若いから、年長者を立てなさい。

そのうち順番が回ってきたら、主導権を握れるから』

というのが、先輩たちの言い分でした。

そういうものかと思って順番を譲り、待っていてどうなったか。

いま私は70代ですが、まだ80代のみなさんがお元気で現役として残っています(笑)。

藤野君、これが高齢化社会というものですよ。

待っていても順番は回ってこない。

だから、チャンスがあれば主導権を奪取しなさい」


70代になってなお先輩が君臨する社会。

考えただけでぞっとしますね。

言ってみれば体育会系の部活で先輩にしごかれて、「1年ガマンすれば3年生が出て行く」と思ってがんばったのに、何年経っても先輩たちは出て行かない…そんな状況です。


このような現象は、一部の特殊な業界だけで起きていることではありません。

多くの身近な場所…例えば会社で、似たような風景が繰り広げられています。

最近でいうと、住宅大手の積水ハウスのトップ交代で、ドタバタ騒ぎがありました。

また、少し古い例ですが、ダントツに象徴的だったのが、セブン・イレブンの持ち株会社であるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文氏(現・名誉顧問)が、会長から退くことを表明した記者会見です。

一部始終を見ていて、私は何度ものけぞりそうになりました。

「日本を代表する小売業のトップ交代の場だというのに、こんなにも幼稚な会話が交わされるなんて…」驚きながらも、日本の大企業の現場で起きている高齢化の闇がいかに深いか、その片鱗(へんりん)を見た気がしました。

この会見時点で、鈴木氏は83歳でした。

稀代の経営者に対して、あまりにステレオタイプな表現で気が引けますが、私の頭には「老害」という言葉しか浮かびませんでした。


やはり私が懸念している通り、日本の高齢化問題は「みんなの成長」を邪魔しているみたいです。

上の世代がいつまで経っても重要ポストに居座り、企業をはじめあらゆる場所で新陳代謝が起きにくくなっている。

その結果、若い人たちが力を発揮する場所が一向に増えず、社会に新しい価値観が根付かない。

時代が変化しつつあるのに、旧来型の発想から抜け出せず、成長の芽が摘まれてしまう…。


私はこの社会現象を「GG資本主義」と名付けました。

GGが、何かって…?

もうおわかりでしょう(笑)。


私は何も、高齢者の方々を悪く言うつもりはありません。

問題は、GG資本主義という「構造」なのです。

GG資本主義によって成長が阻害されているという現状に不安を抱いているのであり、誰が経済を握ろうとしても、みんなちゃんと成長できれば、それでいい。

しかし、そうなっていないからこそ、あえて言いづらいことを言い、警鐘を鳴らそうとしているのです。


『さらば、GG資本主義』光文社新書



ジャーナリストの藤代裕之氏のこんな文章があった。

『記者にセクハラ発言を行い辞任した財務次官や司会にもかかわらず記者に向かって指図し笑いものになった「(日大ブランド)落ちませんおじさん」、選手へのパワハラで対戦相手に怪我をさせた日大アメフト部前監督に、くだらない質問を浴びせるワイドショーの記者たち…。

聞こえてくるのは「昔はあれで良かったのだが…」という声です。

今の時代こんなこと言ったら、やったら問題になるのになぜ分からないのか、と呆れている人も多いでしょう。

しかし、これら時代錯誤おじさんは、OS(昭和)をアップデートしなかった組織の被害者かもしれません。

時代錯誤おじさんは、セクハラやパワハラといったハラスメント、ダイバシティ(多様性)に対する意識が欠如し、ソーシャルメディアでの拡散や生中継によるメディア環境の変化にも疎いように見えるのは、OSが変化したのに、アプリケーションがそのままだからです』


今や、昭和はとうの昔に過ぎ、平成も最後の年となりかかっているのに、頭の中は、いまだ昭和のOSのままの人は多い。

また、大企業でも老害による業績悪化や内部抗争が続出している。

かつては名経営者と呼ばれていたが、時代の変化に対応できていない人たちだ。


時代の「新しい」に好奇心や興味があるのかが、時代錯誤おじさんかどうかの分かれ目だ。

例えばそれは、SNS、スマホ、AIスマートスピーカー、スマートウオッチ、VR等々を使っているのか、持っているのかということ。


「さらば、GG資本主義」

若者の足を引っ張るのではなく、若者を全面的に応援するGGでありたい。




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押忍!

今日の言葉 稽古

トンネルの先には必ず明るい光がある
━━━━━━━━━━━━━━
蒲島郁夫(元熊本県知事)
月刊『致知』より

拳立て二十六回です。

本日、私は予定通りに豊橋道場、幼少年少女部、湖西道場、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

読書の仕方

読書はただ読むだけでは駄目で、
読みながらもその本を自己内部で賦活(ふかつ)する必要がある。

これを活読という。


読みっぱなしならば、
むしろ本に読まれていることになる。

     『安岡正篤 一日一言』


致知出版社様メルマガよりシェアさせて頂きました。


押忍!

2018年6月19日火曜日

極真空手 浜松大蒲 武道空手道場

本日の極真 浜松大蒲道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

今日の言葉 稽古

人に勝つ者は力有り。自らに勝つ者は強し
━━━━━━━━━━━━━━
中国古典『老子』より

拳立て二十五回です。

本日、私は予定通りに浜松大蒲道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

2018年6月18日月曜日

極真空手 浜松半田 蒲郡 武道空手道場

本日の極真 浜松半田 蒲郡 各道場の風景です。


本日も一日、お疲れ様でした、ありがとうございました。


押忍(^^)

心の持ち方

まぁ、こういう人もいるだ、

あぁ、ああいう人もいるんだ、


まぁ、そういう事なんだ、

あぁ、こういう事なんだ、


押忍 石黒康之

幸せの青い鳥は誰にでも必ず、自分の心の中にいる。

【青い鳥はここにおる】



第68代内閣総理大臣、大平正芳氏の心に響く言葉より…


大平総理の誕生以前、総理候補として、山口淑子さんがインタビューした記事が残っている。

そのなかで、自身の考え方について、こう述べている。


「考え方としては、"現在を大切にしよう"ということですね。

永遠の現在というか、エターナル・ナウというのか。

つまり青い鳥が山の彼方におるなんていうのは幻想だと思うんですよ。

青い鳥はここにおる。

いい政治はここにある、今ある。

今以外は、われわれの世界にはないんだから、今日一日を大切にする。

アンドレ・モーロアの晩年の随筆に『あなたの天国』というものがあるけど、その中でモーロアは、

『自分が天国へチケットを持って入ったら、何をするだろうか。やっぱり自分は妻に会いたい、子どもに会いたい、友達に会いたい。話をしたい、原稿が書きたい。そう考えてみると、全部、現在自分がやっていることじゃないか。今やっていることが天国であり、今が天国だ』

こういうことなんですよ」


『君に100の成功を贈る』経済界





禅では、「今ここ」という。

英語では「Here and Now(ヒヤ&ナウ)」だ。


中村天風師はそれを、「さしあたる事柄のみをただ思え、過去は及ばず、未来は知られず」と言った。

過ぎ去った過去を悔んでも変えられないし、未来のことを憂いたり心配しても誰も先のことはわからない。

即今という、今ここしかないのだから、と。


多くの人は、どこかに青い鳥がいるだろうと、探し回ってしまう。

そして、一攫(いっかく)千金を狙ったり、努力せずして運をつかむような僥倖(ぎょうこう)を望む。

今の人間関係の中に、今の仕事の中に、そして今の生活の中に、幸せが隠れているのに気づかない。


「青い鳥はここにおる」という言葉をかみしめたい。



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押忍!

人生100年時代到来

【ハーフタイム力】


明治大学教授、齋藤孝氏の心に響く言葉より…


100歳まで生きることが、夢物語ではなくなってきました。

厚生労働省が発表した2017年の調査では、日本において100歳以上の方はいまや6万人強。

国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2050年には100歳以上の方が53万2000人に上ると予測されています。


「人生100年時代」という言葉が広まるきっかけにもなった『ライフ・シフト100年時代の人生戦略』によれば、「今20歳の人は100歳以上、40歳以上の人は95歳以上、60歳の人は90歳以上生きる確率が半分以上ある」といいます。

人類がいまだ経験したことのない長寿社会の到来…。

なかでも日本はその先頭を走っています。

お手本にすべき「先例」のない新たな時代を迎えているのです。


働き方にもパラダイム変化が生じています。

60~65歳で定年を迎えても、そこからの人生が30~40年ほどもあります。

「定年を迎えたら、後はのんびり過ごす」という生き方は、もはや現実にそぐわなくなりました。

60代からを「老後」と呼ぶには早すぎますし、「余生」と言うには長すぎます。

本来、「人生をどう生きるか」というのは思春期から青春期の若者たちがテーマということを考え直さざるを得なくなったのです。


スポーツ好きな私は、サッカーの試合は欧州リーグもチェックしています。

強豪チームの強さの秘訣、いい監督の力量がどこで出るかというと、ハーフタイムでの戦略の立て直し方です。

前半の戦いぶりを見て、いいところ、よくないところを冷静に分析し、後半の戦い方を考え直す。

調整力に長けた監督は、ハーフタイムに選手に的確な指示を与え、効果的な選手交代を行います。

前半が絶好調だったからといって、後半もそのままの勢いでいけるかというと、なかなかそうはいきません。

ちょっとしたことで一気に流れが変わることもあります。

前半とは打って変わった健闘ぶりを見せて、大逆転が起こることもあります。


最後に笑顔になれるのは、「ハーフタイム力」のしっかりしているチームです。

50歳という人生の折り返し地点で自分を見つめ直し、軌道修正することは、ハーフタイムで戦略の立て直しをすることと似ています。

ここまでの人生が、けっこう順風満帆に推移してきたという人も、うまくいかないことばかりだったという人も、終わった前半戦にこだわるのではなく、これから立ち向かう後半戦に向けて、気持ちを切り替える。

人生のハーフタイムでリセットしましょう。


リセットといっても、すべてを一新してゼロから新たな生き方を始めるわけではなく、これまでの自分の経験、実績、志向性などの蓄積のもとに、今後をどう生きるかを考え直すのです。

若いころに比べると、エネルギー値も若干落ちてきて、減速期に入っていることは否めないでしょうが、その分、この年齢になったからこその柔軟な対応力や深い思考力が備わっています。


『人生後半の幸福論』光文社新書




齋藤孝氏は、本書の中でこう語る。

『エネルギーを注ぐ対象を見つけ、心の張りを得るために、「趣味を持とう」「好きなことをやろう」とよくいわれます。

もちろん好きなこと、趣味があることは熱心にできますが、ものすごく好きなことでなくても、自分がそれをやることに「意義」が見出せて、心が動けばいいのではないでしょうか。

仕事というのはだいたいそういうものです。

やりたかったこと、好きなことを仕事にしていなくても、結果を出したいと思って全力で打ち込んでいると、それが張り合いとなり、内側からの充実感につながっていきます。

「好きなことかどうか」よりも、それをやることに「自分の心が動くかどうか」「積極的に関わっていけるかどうか」のほうが大きなポイントではないかと私は思います。

何かに対して、「やらなければいけないからやる」というしぶしぶのスタンスではなく、「自分がやらなきゃ、誰がやる」くらいの気持ちで主体的になる。

それが、内側から湧き出るエネルギーを枯渇させない秘訣といえましょう』


「好きなことを仕事にしなさい」、とはよく言われることだ。

だが、「そんなに好きでもないけど一所懸命やっている」という人も多くいる。

仕事も趣味もそうだが、好きか嫌いかということも大事だが、「長く続くかどうか」という基準も大切だ。


教育者の東井義雄先生に、「ほんものは続く、続けるとほんものになる」という言葉がある。

嫌いじゃないからこそ、長く続けられるし、長く続くということが、好きなことであり、また、 本物であるということの証明になる。


ハーフタイム力を身につけ、しっかりと人生の後半戦に備えたい。



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押忍!

いま ここ

ゴミ・アカ・よごれというものは
今きれいにしたと思っているのに
もうちゃんとできている
油断のならないものだ

ゴミ・アカ・よごれというものは
心の中にもある
全く全く油断がならない

     『東井義雄 一日一言』


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押忍!

今日の言葉 稽古

あなたが緊張していると、
相手の方もあなたの顔を見て怖がります。

あなたが優しく微笑むと、
相手の方の心も和みます。
━━━━━━━━━━━━━━
マザーテレサ
月刊『致知』より

拳立て二十四回です。

本日、私は予定通りに浜松半田道場、幼少年少女部、師範稽古に入ります。
宜しくお願い致します(^^)


押忍 石黒康之

嫌な人

たとえば、人から頭にくるひと言を浴びせられた時、

「どうして自分がこんなことを言われなければいけないんだ」

「信じられない」「なんだこの人は」「許せない」

のような思いがあると、怒りや悲しみが強くなり、

自分をコントロールするのが難しくなってしまいます。

そんな時「こんな人もいる」と考えることが、

自分を取り戻す第一歩になります。

ふだんは悪い人ではない場合には

「(この人にも)こういうことはある」と考えればいいでしょう。

「なんだ、この人は」と思うのと、

「こんな人もいる」と思うのとでは、感じ方がすいぶん違います。

そういう人に対してどう接したらいいかも考えやすくなります。

世の中にはいろんな人がいます。

無礼な人も無神経な人も意地悪な人もたくさんいます。

すべての人がやさしくて思いやりがあるということは、残念ながらありません。

「世の中にはイヤな人もいる」というのは事実なのです。

「許せない」という気持ちはよくわかります。

許す必要はありません。

でも「こういう人もいる」という事実、現実にさからってもしかたありません。

それを受け入れることは、自分のためのなのです。

~~~

出典

[くよくよしない考え方]

本多 時生 著

文芸社より

・・・━━━☆・
今日の1歩
・・・━━━☆・

相手を変えようとすることよりも

『自分の考え方、捉え方を変えること』

ですね☆


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押忍!

ひび割れ壺

「しつけの三原則」というお話です。

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「しつけの三原則」

一、朝、必ず親に挨拶する子にすること。

一、親に呼ばれたら必ず、「ハイ」とハッキリ返事のできる子にすること。

一、ハキモノを脱いだら、必ずそろえ、席を立ったら必ずイスを入れる子にすること。

「躾のコツ」

躾の仕方のこつはと申しますと、それにはまず母親自身が、ご主人に対して朝のあいさつをはっきりするようにし、またご主人から呼ばれたら必ず「ハイ」とはっきりした返事をするように努力するのです。

そうしますと、子どももいつしかそれをまねてやりだしますから、そうしたら必ずほめてやるのです。

これがまた大事な秘訣です。

そしてこれを一か月も続けますと、家中がすっかり変わってくるから不思議です。

「ホメる」

接する子どもの長所や美点を発見することの名人になること。

叱ることよりホメることに重点をおき、九つホメて一つ叱るぐらいでもなおホメ方が足りないということを心に銘記すべきだと思います。


森信三 運命を創る100の金言
藤尾秀昭 監修
致知出版社
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ニュージーランドの子育て支援施設に伝わる詩(詩人、伊藤比呂美さんによる日本語訳)というものがあります。

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今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが 床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ

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躾も、家事も、子育ても、共働きだったら仕事もあって、本当に目まぐるしく忙しい日々だと想像できます。

以前、「読書のすすめ」清水店長に教わった【ひび割れ壺】というお話があります。

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インドのある水汲み人足は2つの壺を持っていました。

天秤棒の両端にそれぞれの壺を下げ、彼は水を運びます。

片方の壺には、ひびが入っていました。

完璧な壺が小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに対し、ひび割れ壺はいっぱいまで水を汲んでもらっても家に着く頃には半分になってしまいます。

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。

なぜなら、彼は本来の目的を常に達成することができたからです。

ひび割れ壺は、いつも自分を恥じていました。

なぜなら、彼はいつも半分しか達成することができなかったからです。

二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日川のほとりで水汲み人足に話しかけました。

「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている」

「なぜそんな風に思うの?何を恥じているの?」水汲み人足は言いました。

「この二年間、私はあなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。

水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしてもその努力が報われることがない。

私はそれが辛いんだ」壺は言いました。

水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。

「これからご主人様の家に帰る途中、道ばたに咲いているきれいな花を見てごらん」

てんびん棒にぶら下げられて丘を登って行く時、ひび割れ壺は、お日様に照らされ美しく咲き誇る道ばたの花に気づきました。

花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着く頃にはまた水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。

「道ばたの花に気づいたかい?花が、君の通る側にしか咲いていないのに気づいたかい?

僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。

そして君は毎日、僕たちが小川から帰る時に水をまいてくれた。

この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。

君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しい花で家を飾ることはできなかったんだよ」

(作者不明 菅原裕子訳)
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私たちはみんな、ユニークなひび割れを持っています。

子どもたちにもひび割れはあります。

お父さん、お母さんにもひび割れはあります。

子どものひび割れを見つけたとき、私たち親がしてあげられること。

それは、ひび割れを責めることではありません。

ひび割れをふさぐことでもありません。

ひび割れから水がこぼれ落ちるその場所に、そっと花の種をまいてあげることではないでしょうか。

※魂が震える話より


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押忍!

2018年6月17日日曜日

夏季昇級審査会

本日午前中、
極真 浜松西伊場道場にて西遠支部の夏季昇級審査会を行いました。


お疲れ様でした、ありがとうございました。


心より感謝申し上げます。



押忍(^^)