プロフィール

2018年6月20日水曜日

褒める? 叱る? 感謝する?

「ほめずに叱らずに人を動かす」というお話です。

_______

基本的には「ほめる」に賛成なのですが、一方、ほめるというのは本当に難しいことだというのも事実です。

認知的不協和があるからです。

よく絵を描く子ともに「上手に描けたね」「えらいね」などと声をかけるほめ方は、あまり感心しません。

絵を描く子は、描きたいから描いているのです。これを「内発的動機」と呼びます。

ご褒美や名声などの外的理由ではなく、自分の内部から「やる気」が湧き出している状態です。

内発的動機には根拠がありません。好きに理由などないのです。

それなのにまわりの大人は、ついついほめてしまいます。

すると「絵を描くのが好き」ではなく「ほめられたいから描いている」と、自分の行動の意味が変化してしまいます。

単にほめられたいだけなら、ほかのことでもいいわけです。ですから、「絵を描く」という手段を選ばなくなります。これはもったいないことです。

せっかく興味を持っていたのに。

ほめたいからほめる、しかりたいからしかる――。これは単なる親のエゴです。ヒトは高度な認知を備えているからこそ、安易にほめることは有効ではありません。

とはいえ、こうした理想教育論ばかりを掲げたところで、読者の多くは「そんな繊細な育児方法は私にはムリ」と思われるかもしれません。

実際、私も理想からは程遠いのが現実です。そんなときはせめて「笑顔で子どもに接する」ように心がけるのです。

例えば、片づけなくて困ったときは、イライラして「なぜ片づけないの!」とか「片づけないならもう遊ばせない」などと怒鳴っては逆効果です。

ぐっと気持ちを抑えて、笑顔で楽しそうに、まず自分から片づけはじめてみましょう。

それだけで、きっと子どもは寄ってきます。「楽しそうに何してるんだろう」と。そうしたら、しめたものです。「どう?一緒にやる?」。そう声をかけるだけでよいのです。

遊びでも家事でも、親が楽しそうにやっているものに、子どもは自然と興味を持ち、マネをしたがるものです。

こうした方法で、一度もしからずに、自然と片づけられるようになる、つまり内面化が成立することが証明されています。



パパは脳研究者
池谷裕二 著
クレヨンハウス
_______


アドラーは、「褒める」や「叱る」を否定し、「勇気づけ」を薦めています。

勇気づけとして、「ありがとう(感謝)」「うれしい(喜び)」「助かるよ(貢献感)」「だいすき(愛情)」などを伝える言葉があります。

褒められてやる子は、褒められないとやらない子になります。

次第に、大げさに褒めないとやらなくなり、最終的には褒めちぎってもやらなくなります(笑)

叱られてやる子は、叱られないとやらない子になります。

次第に、きつく叱らないとやらなくなり、最終的には怒鳴り散らしてもやらなくなります。

アメとムチの末路はだいたいこうなるのです。

これは、親子だけでなく、あらゆる組織で言えることです。

そして、

もし褒めるとしたら、人柄を褒める。

もし叱るとしたら、行ないを叱る。

また、何かを手伝ってほしいときは、「手伝って」と言われるよりも、「お手伝いができる子になって」と言われたときのほうが30%近く手伝う子になり、

悪いことをしてほしくないときは、「悪いことをしないで」と言われるよりも、「悪いことをする人にはならないで」と人格に訴える言い方のほうが、悪いことをする被験者は半分になったという実験もあります。

「飲んだら乗るな」よりも「酔っ払い運転手になるな」のほうが良いということです。

そして、褒めるや叱るより、もっと重要なのは、以下のアドラーの言葉、

「『よくできたね』と褒めるのではなく、『ありがとう、助かったよ』と感謝を伝える。

感謝される喜びを体験すれば、自ら進んで貢献を繰り返すだろう」

感謝を伝え、楽しそうにやっている姿を見たら、やらずにはいられなくなるでしょうね♪

※魂が震える話より


相田公弘様Facebookページよりシェアさせて頂きました。


押忍!

0 件のコメント:

コメントを投稿